第四十七話 邪念|プランク定数の拡張項
「くしゅんっ!」
浴室の空気がクリアになった直後、小さくて可愛らしいくしゃみの音が響いた。
丸裸のまま長い時間待たされていたせいで、乎鞠の小さな体が冷えてしまったのだ。
「あっ、ごめんね乎鞠! すぐに流すからね!」
ゼノは恥ずかしさも邪念も一瞬で吹っ飛ばし、必死な顔つきでシャワーを手に取ると、残っていた泡を素早く、かつ丁寧に洗い流した。
そして、冷えた体を温めるため、お湯を張った湯船へと優しく乎鞠を導く。
「ふぅ……あたたかい……」
ぽかぽかと湯気が立つ湯船に浸かった乎鞠は、ホッとしたように小さな息を吐き出し、柔らかい笑顔を浮かべた。その無邪気な姿にホッと胸を撫で下ろしたゼノは、「じゃあ、僕も急いで体を洗うからね」と自分の分の泡立てを始めた。
しかし、先ほどのモザイク事件の記憶が脳裏にちらつき、ゼノの思考回路は危うい方向へと暴走しそうになっていた。
いくら外見や年齢が幼くとも、ゼノは王位継承順位第二位の魔界の王子。その頭脳は6歳児のレベルを遥かに超え、恐ろしいほどの想像力と鋭い感性を秘めていた。
(いけない、余計なことを考えるな……! 僕は無心になるんだ、完全に思考をシャットアウトするんだ……っ!)
邪念を打ち消すため、ゼノは自分の体をゴシゴシと洗いながら、頭の中で難解な魔導物理学の数式を無理やり展開し始めた。
(……ちがう、この複素空間における場の方程式の収束を計算して……! うわ、違う変数が混ざった! ええと、プランク定数の拡張項を代入して……! くそっ、雑念が消えない……!)
無心になろうと必死に頭の中でマクスウェル方程式や魔力干渉の複雑な偏微分を解き続けるゼノ。
その必死すぎる姿を、湯船の淵にちょこんと両手を乗せ、キラキラとした金色の瞳をパチクリさせながら乎鞠はじっと眺めていた。
「ぜの……、なにか、むず…かしい‥お顔してる……?」




