第四十一話 忌子|不幸か否か
ふかふかのクッションの山の上で突然投げかけられた言葉に、乎鞠は一瞬、大きく金色の瞳を見開いた。
けれど――その驚きはほんの一瞬で消え去り、次の瞬間には、堰を切ったように大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。怪我の痛みや恐怖からではない、胸の奥底を締め付けられるような切なさと、あまりにも自分を卑下する想いからの涙だった。
乎鞠は小さく震える唇を必死に動かし、いつも以上に辿々しく、何度も言葉を詰まらせながら、首を横に振った。
「……っ、こまは、いみこなの……。ざわい、を……よぶの……。だれかを、ふこうに、しちゃうの……っ」
涙に濡れた声で、小さな胸の内を絞り出すように語る。
「だいすきな、ぜのが……ふこうに、なるのは……かなしすぎるよ……。だから、だめ、だよ……っ」
幼い頃から社で「災いを呼ぶ忌子」と植え付けられ、自分の存在そのものが周囲を不幸にすると信じ込まされてきた少女の悲痛な告白だった。
その言葉を聞いた瞬間、クッションの山に漂っていた甘い空気は、凍りつくような静寂へと変わった。
……少しの無言のあと。
ゼノの身体の奥底から、激しいマグマのような感情がふつふつと湧き上がり、次の瞬間、それは烈火の如く激しい怒りへと変わった。
プロポーズを断られたからではない。乎鞠に対して怒っているわけでもない。
ただひたすらに、目の前のこの愛おしい少女にそんな理不尽な呪いを植え付け、自分の価値を奪った者たち――「忌子」などという訳のわからない言葉で彼女を傷つけ続けた人間たちに対して、どうしようもない殺意と激しい怒りを覚えたからだ。
魔界には、生まれや血筋によって周囲から忌み嫌われる存在が数多く生息している。だが、目の前にいる乎鞠からは、そんな者たちとはまるで違う、むしろ対極にある神々しい雰囲気しか漂っていなかった。ふとした瞬間の所作一つをとっても洗練され、あまりにも高貴な気品に満ちている。そんな彼女のどこが忌子だというのか。ふざけるな、とゼノの理性の裏で黒い感情が暴れていた。
ゼノは涙に濡れて震える乎鞠の小さな両肩をしっかりと包み込み、まっすぐにその金色の瞳を見つめ返した。怒りに震えていた瞳は、次の瞬間、計り知れないほどの深い優しさと決意の色を宿していた。
「乎鞠。そんなこと言うのは、もうおしまいだ」
震える声を押し殺すように、しかし力強く、ゼノははっきりと告げた。
「君をそんなふうに呼んだ奴らは間違っている。君は災いなんかじゃない。……それに、不幸になるかどうかは、僕が決めることだ」
ゼノはふっと柔らかく、すべてを包み込むような優しい微笑みを浮かべた。
「僕の幸せはね……何処か遠くにあるものじゃないんだ。こうして、君が僕の隣で、優しく笑ってくれていること――ただそれだけで、僕は世界で一番幸せなんだよ」
だからそんな悲しい顔をしないで、と優しく諭すように、ゼノはぽんぽんと乎鞠の頭をそっと撫で下ろしたのだった。




