第四十話 伝心|お嫁さん
「うわぁぁぁ、もうおしまいだぁぁぁ……っ!」
レックスの的確すぎる痛烈な皮肉に耐えかねたゼノは、恥ずかしさのあまり近くにあったクッションの山に顔を深々と埋め、ジタバタと身悶えながらその場に突っ伏した。
その時――背後で、コツ、コツと、痛む足を無理に動かすような小さな足音が響いた。
「え……?」
ハッとしてゼノが顔を上げると、ソファーにいたはずの乎鞠が、痛む足をひきずりながら無理をしてこちらへ歩いてこようとしていたのだ。ゼノの恥ずかしさを紛らわせようと、あるいは何かを伝えようとして動いたのだろう。
しかし、まだ全身に深い怪我と発熱を抱えた小さな体では、バランスが取れるはずもない。
乎鞠が捕まろうと伸ばした手の先、近くにあった木製の椅子が、ガタッと大きな音を立てて派手に倒れ込んだ。
「――っ、乎鞠危ないっ……!」
その拍子に、乎鞠の小さな体がバランスを崩して前へと盛大に崩れ落ちる。
ゼノの身体に、魔界の王族としての卓越した瞬発力が稲妻のように駆け巡った。恥ずかしさなど一瞬で吹き飛び、ゼノはすさまじい勢いで飛び出すと、地面に激突する寸前の乎鞠の体を鮮やかに、優しくその腕の中に抱き留めた。
そのままの勢いで、二人はふかふかのクッションの山へとドサリと倒れ込む。
「はっ……、はぁ……っ、」
「大丈夫かい!? どこか痛むところは……っ、怪我が開いたりしてない!?」
ゼノが慌てて乎鞠の顔を覗き込むと、乎鞠は大きな金色の瞳にぽろぽろと涙を浮かべ、息を弾ませながら「はぅ、はぅ……」と小さく首を横に振った。驚きと恐怖で胸がいっぱいになり、声もうまく出せないでいる。
――その姿を見た瞬間、ゼノの胸の奥で、カチリと何かが音を立てて弾けた。
わずか6歳程度の、あまりにも幼い子供たち。
魔界の次代を背負う高い身分に生まれながらも、決して心から満たされることのなかった、孤独で聡明な王子・ゼノ。
そして、過酷な社で人間から異形の者として理不尽に虐げられ、傷つけられ続けてきた、儚い少女・乎鞠。
二人がそれぞれの人生で背負ってきた、あまりにも大きすぎる悲しみや孤独の痛みが、今、この瞬間に不思議な温もりとなって共鳴し合った。
守りたい、この小さな笑顔をずっと隣で見ていたい。自分のすべてを懸けて、この少女の王国になりたい――。
理性のタガなど、とうの昔に消え失せていた。 ただ純粋すぎる衝動のままに、ゼノの口から、飾り気のない、しかし誰よりも真摯な言葉が自然と紡ぎ出されていた。
「……ねえ、乎鞠」
「……はぅ?」
クッションの山に埋もれながら、潤んだ金色の瞳できょとんと見上げてくる乎鞠に、ゼノは真っ直ぐに視線を合わせた。その顔に恥じらいはなく、ただ切なさと愛おしさに満ちていた。
「乎鞠……僕のお嫁さんになってくれる……?」




