第三十九話 鬼灯|治療の見通し
「ん……? これってもしかして……鬼灯?」
ゼノがページをペラペラとめくる手を止め、とある植物のスケッチに目を留めた。
そこに描かれていたのは、丸くふくらんだ袋状の植物が、細い蔓からぷらんぷらんと重たそうにぶら下がっている姿だった。先ほど乎鞠が全身で表現してくれた特徴のすべてが、そこに完璧に一致していた。
「乎鞠、これかな……?」
ゼノが図鑑を少し傾けて見せると、乎鞠は「あッ!」と声を上げ、ピョンと小さな体を弾ませた。
「そう! それなの! そっくり!」
嬉しさのあまり、乎鞠はゼノの顔のすぐ近くまでピタリと寄り添うようにして、図鑑をのぞき込んだ。 至近距離でふわっと漂ってくる甘い香りと、熱の残る小さな体温。先ほどの妄想が頭をかすめたゼノは、心臓が跳ね上がるのを必死に抑えながら、赤くなりそうな頬を懸命に引き締めた。
「ええと、じゃあこの植物の説明を読んでみるね……」
ゼノは大きく息を吸い込むと、そこに記された文章を読み上げた。
「……『メアリーバルーン』。聖界の植物、メアリーバルーン科。主に市街地に生息し、石壁などに張り付いて、秋になると弾けてタネが飛散し大量に繁殖する。血行促進の効果がある、か」
(……って、あれ?)
ゼノは心の中で密かに首をかしげた。
丸くて、ぽよんで、中に小さな実が入っていて……と乎鞠が教えてくれたジェスチャーから、ゼノの脳内で勝手に膨らみ続けていた「女性の象徴」のイメージと、目の前にある実物のビジュアルが、あまりにもかけ離れていた。風船のような袋状のそれを見て、ゼノは「ちょっぴり残念だな……いや何を考えているんだ僕は!」と、脳内で自分を激しくツッコミつつ、ほんの少しだけガッカリした。
「これも聖界の植物なのか……。レックス、どうだろう?」
ゼノが視線を上げると、隔離空間の手前で様子を見守っていたレックスが、腕を組んだまま厳かに頷いた。
「『市街地に生息し、大量に繁殖する』とあれば、ルナスティックリーフと同様に、人間界の市場や問屋街で広く出回っているはずです。調達にそれほど時間はかからないでしょう」
レックスはそう言うと、ベッドで眠るルシアを一瞥し、さらに続ける。
「お嬢様の現在の怪我や発熱の状態を考慮すると、私たちが揃って外へ連れ出すのはあまりに危険です。ここは私一人で王都の市場へ赴き、必要な資材を調達してまいります」
「レックス、一人で行かせるなんて悪いけど……お願いできるかい? 兄者の命も、そして乎鞠の安全も、すべて君にかかっているんだ」
ゼノが真剣な眼差しで頭を下げると、レックスは深く一礼した。
「はっ、お任せくださいませ。すぐに戻ってまいります」
レックスは頼もしく背筋を伸ばすと、音を立てずに素早く部屋の出口へと歩み出した。
そして、重厚な扉に手をかけたその瞬間、ふっと足を止め、肩越しに振り返ってゼノへと声を飛ばした。
「――そういえば若様。いつの間にか、本を逆さまでもスラスラとお読みになれるほどの曲芸を身につけられたのですね。我が主人の驚異的な成長力には、執事として感服するばかりでございます」
――ビクッ……!
図星を突かれたゼノは、耳の先まで真っ赤に染め上げ、今度こそ顔面から盛大に火を吹いたのであった。




