第三十八話 目線|天使降臨
目の前で無邪気に両手をぽよんぽよんと揺らし、精一杯の「鬼灯」を再現してくれる乎鞠の姿に、ゼノはすっかり骨抜きにされていた。
――その微笑ましく、かつ完全に私欲に満ちた少年と少年の兄を助ける為に一生懸命な少女のやり取りを、少し離れたソファーの脇から眺めながら、レックスは思わず小さく肩を揺らし、呆れたように苦笑いを浮かべた。
(やれやれ、若様ときたら……。一国の王子が、お嬢様の可愛さについ夢中になっておられるな)
しかし、ピリピリと張りつめていた危機的状況の中において、こうしたほっこりとする時間は、凍りついた空気を和らげる心地よいスパイスでもあった。レックスはどこか楽しげな温かい気持ちを抱きながら、再び手元の図鑑へと静かに視線を落とした。
その時だった。
「あッ……!」
乎鞠が小さく声を上げ、ぴょんとその場で小さな体を跳ねさせた。何か大事な記憶の糸口を掴んだらしい。 ゼノは「どうしたの、乎鞠?」と身を乗り出し、乎鞠は嬉しそうに目を輝かせながら辿々しい言葉で語り始めた。
「ほおずきね……、まっすぐじゃなくて、えっとね、ほそいツルで……うねうね……って、はえてるの!」
乎鞠は両手をくねらせ、まるで蛇のようにくねくねと空間を描いてみせる。
「でね、こう……、ぷらん、ぷらんって……、重そうに、ぶら下がってるの!」
自分の頭の横で両手をだらりと下げ、左右に揺らしながら、いかにその実が重そうにぶら下がっているかを全身を使って全身全霊で表現する。そのあまりにも表現力豊かな可愛らしい身振りに、ゼノの脳内は再び幸福感のピークを迎えていた。
(ぐっ……! 可愛い、可愛すぎる……っ! うねうねからのぷらんぷらんだって……? 天使かな? いや天使だな……!)
もっと見たい、もう少しだけこの至福の時間を味わいたいという悪だくみが頭をもたげたゼノは、何食わぬ顔ですました声を作った。
「えっ? うねうねってどういうことかな? ちょっとお兄ちゃん、よく見えなかったから、もう一回最初のところからやってくれるかい?」
「え、うんとね、こうやって……、ツルが、うねうねで……!」
まんまと乗せられた乎鞠が、再び一生懸命にぷるぷるしながらジェスチャーを再現しようとしたその瞬間――。
「コホン」
静まり返った部屋に、わざとらしいほど低い、しかしよく通る咳払いが響き渡った。
びくっ! とゼノの体が盛大に跳ねる。
顔を上げると、レックスが図鑑から目を離し、半笑いを含んだ冷徹な(しかしどこか慈愛に満ちた)視線をじっとゼノに向けていた。無言のプレッシャーが「若様、おふざけはそのくらいになさってくださいませ」と語りかけている。
「っ……! こ、これはいけない! 早く鬼灯を探さないとルシア兄さんが大変だからね、乎鞠、ほら、こっちのページを見てみようか!」
ゼノは顔を真っ赤に染め上げながら、ものすごい勢いで手元の図鑑へとバッと顔を戻し、何事もなかったかのようにページを猛スピードでめくり始めるのだった。




