第三十五話 甘妄|幼い大人な妄想
少ない手がかりの中で、乎鞠の可愛すぎるジェスチャーを頼りに探している……「フリ」をしていたのは他ならぬゼノだった。
ゼノの驚異的に精密な脳内では、先ほど乎鞠が両手を丸くして見せた「丸くて、ぽよんで、真ん中に小さな実がひとつ」という身振りが、スローモーションで何度も何度もリピート再生されていた。
(まるくて、ぽよんで……真ん中に実が……それってつまり、こう……)
聡明であるはずの第二王子の脳内で、その純粋すぎる表現はとんでもない方向へとねじ曲げられ、勝手に甘美な妄想へと変換・肥大化していっていた。
(い、いや、今は真面目な治療の最中だろ、僕はいったい何を考えて……っ!)
目の前で「うーん……これかなぁ?」と、一生懸命に図鑑の白黒ページに小さなお顔をくっつけて探している乎鞠の横顔を、ゼノはそっと盗み見してしまう。
(今はまだ、子供だからぺったんこだけど……、その、いつかは……大きくなったら……って、何を考えてるんだ僕は――っ!!)
「……あの、ゼノ……?」
あまりにも固まったまま動かないゼノを不思議に思ったのだろう。乎鞠がひょいと顔を上げ、ゼノの目の前まで自分の顔を近づけて、きょとんと覗き込んできた。 至近距離で見つめられた瞬間、ゼノの脳内妄想は最高潮に達し、次の瞬間、頭からパーンと真っ赤な湯気が吹き出しそうになった。
「ひゃっ!? いや、な、なんでもないよ! うん、なんでもない!」
慌てふためいたゼノは、手元にあった分厚い図鑑を、盛大に上下逆さまのままバッと大きく開いた。
「え……? ゼノ、その……本、さか、さまで……よんで、るの……?」
乎鞠が小首をかしげ、潤んだ金色の瞳をぱちくりとさせる。 そのあまりの天然の破壊力にゼノのライフはすでにゼロになりかけていたが、それ以上に恥ずかしさで消滅しそうになっていた。
すっと――。
レックスが、別の図鑑を真面目に調べていた手をぴたりと止め、何とも言えない半笑いの目をゼノへと向けた。その視線には「若様、お楽しみのところ恐縮ですが、お仕事をお願いしますね」という無言の圧が込められている。
(うわぁぁぁレックスに見られた……っ!重傷の兄が目の前で寝ているというのに、僕は脳内でなんて下世話なことを……っ!)
ゼノは心の中で自分の頬を激しく平手打ちし、下劣な想像に溺れていた己の不純さを徹底的に叱りつけた。そして、真っ赤に染まった顔を必死に隠しながら、逆さになっていた図鑑を何食わぬ顔で正しい向きに直すのだった。
「こ、これはね! こっちのページの古い文字の配列を確認していたんだよ! さあ、乎鞠、他のページも一緒に探そうね!」
「うん……! がんばる!」
何も裏事情を知らない乎鞠の無垢な笑顔に救われながら、ゼノは冷や汗を拭いつつ、今度こそ真面目に薬草探しへと意識を切り替えるのであった。




