第三十二話 神童|少女と少年の知恵
ゼノは涙を流しながら必死に言葉を絞り出す乎鞠の肩を優しく抱きしめ、その言葉の断片を聡明な頭脳で素早く整理していった。
「落ち着いて、乎鞠。つまり……この傷は普通の怪我じゃない。毒の胞子に侵されていて、一刻も早く治療しないと命に関わる上に、最悪の場合は二次被害が出る危険があるんだね?」
乎鞠はブルブルと小さく震えながらも、必死にこくりと頷いた。
それを聞いたゼノはすぐに視線を上げ、レックスへと鋭い視線を送る。レックスは主の意図を瞬時に察し、深刻な面持ちで乎鞠に向き直った。
「お嬢様、落ち着いて聞いてください。その毒を消し去るには、どのような治療や薬が必要でございますか?」
乎鞠は少し息を整え、薬師としての知識を必死に思い出しながら答えた。
「えっと……『夜露草』と、『鬼灯』……それと、『塩』が、ひつようなの……っ!」
しかし、その言葉を聞いたレックスは眉をひそめ、ゼノも首を傾げた。魔界やこの世界において、その名前の植物は聞いたことがない。未知の毒に対する未知の薬草――。手がかりを失いかけたその時、ゼノの冴え渡る頭脳が電撃のように閃いた。
「待って、この世界の名前じゃないなら、姿形が似ている別の植物がこの世界にあるかもしれない……! 城の書庫へ行けば、植物や薬草の古い図鑑があるはずだ」
ゼノはすぐに行動に移すと、乎鞠の小さな頭を優しく撫でて問いかけた。
「ねえ、乎鞠。書庫から挿絵付きの薬草の書典を持ってくるから、それを見ながら似たものがないか教えてもらえるかい? ……できる?」
その問いかけに、乎鞠は不安を押し殺し、ルシアを救いたい一心で力強くこくんと頷いてみせた。
「うん……っ、わたし、がんばる……!」
「頼んだぞ、レックス!」
「はっ!」
ゼノの感染拡大を防ぐための迅速かつ的確な判断指示通りに動くレックス。
乎鞠に毒の胞子が移らぬよう、レックスは慎重に乎鞠を抱き上げると、ベッドから離れた安全なソファーへとそっと運んだ。その上で、ベッドの上でうめくルシアをそのまま寝かせ、周囲に即席の天蓋を下ろしてベッドの空間を完全に隔離した。
まだ幼い年齢でありながら、非常事態において一切の迷いなく最善の感染隔離と救命の判断を下したゼノとレックスの連携は、あまりにも的確で頼もしいものだった。
この聡明さと指揮能力こそ、ゼノが次代の魔王として望まれ「神童」と呼ばれる由縁である。
「よし、今すぐ書典を持ってくる! 乎鞠、少しだけ待っていてね」
ゼノは決然とした表情を浮かべると、急ぎ足で自室の扉を飛び出し、書庫へと走り出したのだった。




