第三十一話 毒黴|兄を蝕む黴
ゼノにぎゅっと抱きしめられ、その温もりに包まれるうちに、乎鞠の荒かった息づかいは少しずつ落ち着きを取り戻していった。
ふと、ゼノの肩越しに視線を向けた乎鞠は、ベッドの脇でルシアの治療と原因究明のため、手際よくその重々しい鎧を脱がせているレックスの姿を目にする。
露わになったルシアの体――その肩から背中にかけて、目を背けたくなるような大きな深い切り傷があった。
そして、乎鞠の金色の瞳が、その傷口を見た瞬間にぴたりと止まる。
(……っ!? こ、これは……!)
傷口の周囲を縁取る、不気味にうねるような微妙な変色。
それはこの魔界の医療知識では決して解明できないものだったが、かつて過酷な環境で薬師の父を手伝い、様々な薬草や毒に触れてきた乎鞠には一目で分かった。
――生体に巣食い、狂気的な繁殖を繰り返す「禁忌の毒の胞子」。
かつて元いた次元の戦において、兵士を理性なき殺人兵器に変えるために闇で作られた、もっとも忌むべき代物だった。脳へと達すれば肉体の自由を完全に奪い、底知れぬ破壊衝動を引き起こさせる極めて危険なものだ。
(だめ……このままだと、ルシアさまが……!)
恐怖心が一瞬で吹き飛び、薬師としての本能とゼノの家族を救いたいという強い思いが乎鞠を突き動かした。まだ震える小さな手をゼノの服の裾にぎゅっと掴み、潤んだ瞳で必死に訴えかける。
「ぜ、ゼノ……っ、いそいで、このひとを……! はやく、ちりょう、しないと……!」
ひどく辿々しく、だけど必死に言葉を絞り出す。
「このきず……あぶないの……! どくの、ほうし、なの……! ねの、ほうまでいったら、このひとの、こころも、からだも、ぜんぶこわれちゃうの……っ!」
涙をぽろぽろとこぼしながら、乎鞠は恐怖に耐え、震える声で真実を告げた。
「このままじゃ……このひと、しんじゃう……。そしたら、その、しだいを、なえどこにして……もっと、たくさんの、どくが、うまれちゃうの……っ! はやく、なんとか、しないと……!」




