第二十三話 微睡|満たされた少女
食事の皿が綺麗に片付けられてからも、ゼノと乎鞠の他愛のない、純粋な会話は途切れることがなかった。慣れないながらも一生懸命に言葉を紡ぐ乎鞠の声は、ゼノにとって何よりも心地よい音楽のようだった。
レックスは、邪魔をしないように音を立てぬよう手際よく食器を片付けていく。
ふと、ゼノが「ねえ、乎鞠? 乎鞠ってば」と優しい声で名前を呼んだ。しかし、先ほどまで返事をしていたはずの乎鞠からの反応がない。
代わりに聞こえてきたのは、規則正しく、小さく可愛らしい寝息だった。
――スースー……。
手当をしてもらい、心も体も温まる食事でお腹もいっぱいになり、安心感に包まれたのだろう。魔界最強の剣の使い手であるレックスをもその純粋さでタジタジにさせた少女だったが、さすがに押し寄せる心地よい睡魔には抗えなかったようだ。
テーブルに小さなおでこをこてんと預け、乎鞠は夢の中へと落ちていた。
その姿に気づいたゼノとレックスは顔を見合わせ、思わずふっと柔らかい笑みをこぼした。
二人は音を立てぬよう静かに動き、ゼノが優しく乎鞠を抱き上げると、そのままふかふかのベッドへと運んでいった。重い怪我を負っていた足を慎重にかばいながら、温かい布団の中にそっと寝かせてやる。乎鞠は心地よさそうに小さな寝息を立て、安らかな顔で眠りについた。
ベッドの脇で乎鞠の寝顔を見守っていたレックスは、静かにゼノへと振り返ると、小声で挨拶を告げた。
「若様、私もそろそろ失礼いたします。……明日の朝の鍛錬も、いつも通り予定通りでよろしいでしょうか?」
「うん、お願いするよ、レックス」
レックスが音もなく部屋を退室していくと、静まり返った自室に取り残されたゼノの背中にも、どっと心地よい疲労感と強烈な睡魔が押し寄せてきた。
(ふあぁ……僕も、そろそろ眠いな。今日のところは、あのソファーで……)
そう思い、ベッドから離れようと足を一歩踏み出したその瞬間だった。
くいくいっ、と――服の袖が引っ張られた。
振り返ると、眠っているはずの乎鞠が、うわ言のように小さく、しかししっかりとゼノのシャツの袖を握りしめていた。潤んだ瞳を半分だけ開け、トロンとした表情で、もごもごと言葉を零す。
「はぅ、はぅ…………ゼノ……い、いっしょに……おねんね、しよ……?」
そのあまりに無防備で、愛おしさが限界突破するようなおねだりに、ゼノは全身の力が抜けていくのを感じた。顔を真っ赤に染めながら、ゼノは小さく息を呑む。
「……しょうがないな、今日だけだよ」
ゼノは照れ隠しにそう呟くと、靴を脱ぎ、乎鞠の隣にそっと潜り込むのだった。




