第二十話 共有|温かい食事
冷めないうちに食事にしようと、ゼノは椅子を引いて乎鞠をちょこんと座らせた。テーブルの上には、レックスが用意してくれた温かいスープと美味しそうな食事が並んでいる。
さあ食べようと、ゼノがスプーンに手を伸ばしかけた時――ふと向かいに視線を走らせたゼノは動きを止めた。
乎鞠が小さな両手のひらをぴたりと合わせ、目を固く閉じ、何やら熱心に祈りを捧げていたのだ。そして、小さな唇を動かして「いただきます」と呟く。その姿は、異形の角や翼を持つ魔族や神々の眷属という枠を超えて、あまりにも神聖で、息を呑むほど美しかった。
(……いまの、なんだろう?)
ゼノは静かに見つめた後、自分も真似をするようにそっと手を合わせてみた。数秒して目を開けると、乎鞠が「ふふっ」と嬉しそうに自分を見上げて微笑んでいる。そのあどけない笑顔に、ゼノの胸がまたキュッと締め付けられた。
だが、すぐに次の難関が訪れる。
乎鞠は、目の前に置かれた金属製の「スプーン」をじっと見つめ、首をかしげた。
(……これ、なんなんだろう……?)
丸いお皿の部分を覗き込むと、自分の顔がゆがんで映る。鏡にしては形がおかしいし、武器のようにも見えない。どう扱えばいいのか分からず、乎鞠は困惑して固まってしまった。
それを見たゼノは、自分が先にスプーンを使ってスープを一口すくい、「こうやって飲むんだよ」と実演してみせる。
「ほら、美味しいよ。やってごらん?」
ゼノの動きをじっと観察していた乎鞠は、おずおずと小さな手でスプーンの柄を握りしめ、見よう見まねでスープをすくって口へと運んだ。
とろりとした温かいスープが染み渡った瞬間、乎鞠の瞳がぱっと見開かれた。 今まで冷たいものや、傷んだものに慣れていた口に広がる、優しくて温かい味。身体の芯からじんわりと染み入るような幸福感に、乎鞠はまたしてもぽろぽろと涙を零してしまった。
「あはは、そんなに泣かなくてもいいのに。美味しい?」
ゼノは馬鹿にするどころか、愛おしそうにフッと柔らかく笑い、乎鞠の頭を優しく撫でた。
涙を拭いながら、乎鞠はこくんと力強く頷く。そこからは、他愛のない子供らしい会話を交わしながら、穏やかな食事が進んでいった。
ふと、乎鞠は部屋の隅に控えているレックスの姿に気づいた。
温かい食事を目の前にしながら、自分とゼノの食事をただ見守っているだけのレックス。その様子が気になったのか、乎鞠はスプーンをそっと置き、勇気を振り絞って辿々しく声をかけた。
「あの……レ…レックス、様も……しょ、食事……しない…の……?」
「……私ですか?」
レックスは驚いたように眉を上げた。
「私はただの従者ですので、こうして若様と一緒の席で食事をするような身分ではございません。お気遣いなく」
丁寧にかつ毅然と辞退するレックス。だが、乎鞠は首を横に振り、潤んだ金色の瞳を真っ直ぐに向けながら、必死に言葉を繋いだ。
「だめ…です……。ご、ご飯は……みんなで……食べた‥方が……美味しい、から……いっしょに……たべよ……?」
その言葉を聞いた瞬間、ゼノはハッと息を呑んだ。
辛い生活を余儀なくされてきたであろうこの少女は、決して「弱者」として守られるだけの存在ではない。他者を思いやり、自然と輪の中に招き入れようとする、誰よりも強くて優しい心を持っている――ゼノはそれを深く悟った。
「ほら、レックスも聞いたでしょ? 乎鞠がこう言ってるんだ。堅苦しい話は抜きにして、一緒に食べようよ」
ゼノがニヤリと悪戯っぽく笑いながら、レックスに鋭い目配せを送る。
主君からの逃れられない視線と、目の前で純粋に自分を誘ってくれる小さな少女の言葉に、歴戦の猛者であるレックスはタジタジとたじろいだ。
「……はぁ。若様には敵いませんな」
レックスは降参したように小さく苦笑いを浮かべると、ついに折れて二人の席へと歩み寄り、席に着くのだった。




