第一話 壊れた世界の片隅で|腐った世界から恐怖の世界へ
夜の冷気が、生傷だらけの肌に容赦なく染み入る。 小さな社の床板は硬く、冷たく、そしていつだって赤黒い血の匂いがこびりついていた。
「……痛、い……」
掠れた声は、誰もいないはずの狭い空間に虚しく吸い込まれていく。 どうせまた朝になれば、不気味なくらい綺麗に皮膚は塞がり、痛みだけが頭の奥に取り残されるのだろう。毎日繰り返されるその絶望のルーティンに、乎鞠の意識は今にも途切れそうになっていた。
――その時だった。
真っ暗な社の隅、澱んだ闇の中に、場違いなほど柔らかい光の歪みが現れたのは。 まるで世界のほつれ糸のような、頼りなくも鮮烈な光。恐るおそる伸ばした小さな指先がその表面に触れた瞬間、激しいめまいとともに、身体が底知れぬ穴へと引きずり込まれた。
叫ぶ間すらなかった。 風のうねりと、押しつぶされそうな重力の果て――。
ドンッ、と荒々しい衝撃と共に、乎鞠の身体は固い地面に投げ出された。
「……っ……はぁ、はぁ……」
冷たい土の匂い。しかし、これまで嗅ぎ慣れていた社の古い木の匂いとは違う。鼻を突くのは、微かに硫黄と、どこか冷たい鉄のような香りが混ざる、夜の空気だった。
目を開けると、そこには見たこともない景色が広がっていた。 空は血を混ぜたような禍々しい紫色のグラデーションに染まり、頭上には見慣れない二つの月が冷ややかに浮かんでいる。遥か遠くには、禍々しい角のような尖塔を持つ城塞のシルエットがそびえ立っていた。
ここは、どこだ。 あの社でも、人間たちの村でもない。
身を震わせながら起き上がろうとした乎鞠の耳に、ザザッ、と草木を揺らす不気味な足音が近づいてくるのが聞こえて――。




