第十六話 ゼノ|救われた心
「ぅん……あ……はい……はぅはぅ……ゼ、ゼノ…様……レッ……クしゅ……様、助けてい……いたた‥だき……あり……がとう……ござい……ま……す」
汚れた服を脱ぎ、ゼノの大きなシャツを纏った乎鞠は、白銀の髪を揺らしながら、全身で必死に言葉を紡いだ。 噛んでしまったり、途中でつっかえたりしながらも、どうにか自分の気持ちを伝えようと一生懸命に頭を下げる。そして、ちゃんと自分の拙い言葉が二人に届いたのだろうかと不安になったのか、おずおずと潤んだ金色の瞳を上に向けて二人を見上げた。
その健気で愛らしい姿に、ゼノは「うっ……」と胸を撃たれたように息を呑み、照れくさそうに頬を掻きながら優しくこくんとうなずいた。
「うん、ちゃんと伝わってるよ。怖がらなくて大丈夫だからね」
ほっと胸を撫で下ろし、何か温かい飲み物でも準備してあげようかと言葉をかけようとした、その瞬間だった。
――ぐぅぅるるる……っ!
この世の終わりを告げるような、盛大で破壊的な乎鞠のお腹の虫の音が、静かな部屋に響き渡った。
「っ……!?」
自分の腹の音だと気づいた瞬間、乎鞠は顔を真っ赤にし、耳まで真っ赤に染め上げる。パニックに陥った彼女は、再び頭を抱えてお決まりの小動物のような声を漏らした。
「はぅ、はぅはぅはぅ――っ……!」
そのあまりの可愛らしいリアクションに、ゼノの喉元まで「ぷっ」という笑い声が飛びかかりそうになった。――危ない、ここで笑ったら絶対に乎鞠が恥ずかしさで消えてしまう! ゼノは必死に頬を膨らませ、両手で口を強く押さえて、全身をブルブルと震わせながら笑いをこらえた。
「ふ、ふう……! レックス、何か温かいスープと食べ物を急ぎ頼む!」
「はっ、承知いたしました」
あまりの面白さに限界を迎えていたゼノから言いつけられ、レックスは微かに口元を緩めながらも、音もなく部屋を退出していった。
扉がパタンと閉まり、部屋に二人きりになると、ゼノはすっと乎鞠の前に歩み寄った。
そして、ベッドの端にちょこんと行儀よく座る乎鞠と同じ目線、いや、それよりも少しでも威圧感を与えないようにと、彼女の正面の床にドサッとあぐらをかいて座ってみせた。
――ゼノがこの位置どりを自然に選んだのは、王子としての権威や身分の差を微塵も感じさせず、「対等な友達」として接したいという優しさからだった。
第一王子のルシアとは違い、ゼノは驚くほど聡明で、そして何より他者の痛みに寄り添える優しさを持っていた。武芸の鍛錬にも人一倍励み、精神的にも実年齢の大人顔負けなほどに成熟している。だからこそ、冷徹な力のみが正義とされる魔界において、周囲の者たちは「未来の魔界を託されるべきはゼノ」と、第一王子のルシアが次代魔王継承順位一位という運命を秘かに憐れんでいたほどだ。
ゼノはあぐらをかいた膝に両手を置き、まっすぐに乎鞠の金色の瞳を見据えると、柔らかく微笑んでこう言った。
「ねえ、乎鞠。『様』なんてつけなくていいよ。僕と君は――今日から友達だから」




