第十三話 素顔|少年の素顔が見えた瞬間
ゼノの部屋に入り、静寂が戻ったところで、乎鞠を包んでいた紫色の毛皮がそっと剥がされた。
その瞬間――。 さっきルシアとの会話で聞いた「敷物」という言葉の恐怖が、極限まで張り詰めていた乎鞠の理性を完全にフリーズさせていた。
「っ……こ、こまは…しししっ‥敷物に…して……も、ぜぜ、ぜんぜん美味し‥くない……よ……っ!?」
ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、乎鞠は必死に、震える声でそう叫んだ。
話すことが苦手で、緊張すると頭が真っ白になってしまう乎鞠が、恐怖のあまり脈絡もなく絞り出した言葉は、あまりにも支離滅裂だった。
――部屋の中に、ピタリと重い沈黙が訪れた。
(……え?)
ゼノは動きを止め、レックスは目を丸くして固まる。
「敷物にしても美味しくない」という、恐怖から生まれた究極の勘違い発言。食べた味の話をしているのか、それとも身を守ろうとした必死の言い訳なのか。
数秒の静寂の後――。
「……ぷっ……あはっ、あはははははっ!」
ゼノは耐えきれなくなったように吹き出し、お腹を抱えてその場で崩れ落ちた。
「美味しくないって……! なにそれ、誰が君を食べたりするかよ! あはは、ははっ、苦しいっ!」
涙を流すほど笑い転げるゼノの姿に、レックスも唖然とした後、フッと目を細めて優しく微笑んだ。 ゼノは魔界の第二王子という重い立場と、常に周囲の目を気にせざるを得ない過酷な環境の中で育ち、これまで子供らしい無邪気な笑い声を上げたことなど一度もなかった。しかし、たった今、目の前の小さな少女の天然すぎる一言が、ゼノの心の殻を鮮やかに破り、本当の子供らしい笑顔を目覚めさせたのだ。
そんな主の楽しそうな姿を目の当たりにして、レックスの胸の奥には、言い知れない温かい感情と、静かな喜びが広がっていた。
(……若様が、あんなふうに心から笑っていらっしゃる……)
レックスはそっと目を伏せ、胸元に手を当てながら、この奇妙な少女を城へ連れ帰るという判断が間違いではなかったと確信していた。




