第十二話 ルシア|立ち塞がる新たな脅威
城門の番兵たちは、空から舞い戻ってきた第二王子ゼノと、その側近レックスの姿を見ると、何事もないように恭しく頭を下げた。ゼノが用意した紫色の毛皮のおかげで、異世界の加護を放つ衣の光も完璧に隠されていたので、すんなりと城内へ潜り込むことに成功する。
自室へと続く暗く重い石回廊を、何食わぬ顔で平然を装いながら進む。 目的地はもうすぐだ。次の角を右に曲がった突き当たりが、ゼノの部屋だった。
しかし――運悪く、その角の向こうから、スラリとした見目麗しいブロンズヘアーの右目を眼帯で覆った美青年がふらりと現れた。
「よぉ! ゼノ!……って、なんだ? その毛玉は?」
気さくに声をかけてきたその男に、ゼノは「っ?! 兄者!?」と心臓が跳ね上がるほど驚愕した。
現れたのは、ゼノの血を分けた実の兄であり、魔界の第一王子――ルシアだった。 文武両道で真面目なゼノとは正反対に、ルシアは極度の楽天家で能天気、そしてあちこちに遊び歩いては周囲を呆れさせる筋金入りの遊び人だった。ルシアは面白そうに片眉を上げると、ゼノが大事そうに抱えている「紫色の毛玉(毛皮)」をのぞき込む。毛皮の中に、震える小さな少女が隠れていることなど、微塵も気付いていない様子だ。
兄の鋭い(あるいは適当すぎる)観察眼をごまかすため、ゼノは冷や汗を流しながら咄嗟に嘘をついた。
「こ、これはね! 今度、自室の床に敷くための新しい敷物の材料なんだ! ほら、ちょうどいい手触りだろ!?」
「へぇ、魔界猪の毛皮か? なんだかやけにモコモコして――」
そのルシアの言葉を聞いた瞬間、毛皮に包まれていた乎鞠の頭の中で最悪の想像がスパークした。
(し、敷物にされる……!? あんな綺麗な服を着てたのに、今度は生きたまま皮を剥がされて敷物に……っ!?)
恐怖のあまり、乎鞠は「ひっ……!」と小さな悲鳴を上げそうになりながら、全身の筋肉を硬直させてギュッと極限まで体を縮こまらせた。
(頼むから気づかないでくれ……!)と祈るゼノの必死の演技が功を奏したのか、ルシアはそれ以上追求する面倒くささからか、「まあ、いいけどさ。風邪ひくなよ」とひらひらと手を振りながら、気ままにその場を通り過ぎて行った。
――ふぅっ……!
ルシアの姿が完全に遠ざかったのを確認すると、ゼノは大きく息を吐き出し、その場に崩れ落ちそうになった。レックスもふっと小さく息を漏らし、背筋を伸ばす。
危機を間一髪で乗り越えた三人は、ようやく誰にも邪魔されることなく、ゼノの自室へとたどり着くのだった。重い扉が閉まり、完全に安全な空間が確保された瞬間だった。




