第十話 不安|再びの恐怖が少女を襲う
レックスはゼノの顔をちらりと見て、くぐもった声でそっと告げた。
「……ゼノ様。いくら緊急の処置とはいえ、レディーに野外で服を脱げとおっしゃるのは、いささか紳士的ではございませんな」
「うわっ……! そ、そうか……っ!」
指摘されてハッと気づいたゼノは、自分の失言に顔を真っ赤に染め、パニック気味に両手で自分の頬を押さえた。慌てて乎鞠に向き直り、ぶんぶんと首を縦に振って言い直す。
「ご、ごめんね!? そういう意味じゃなくて……っ! ええと、そうだ、お城にある僕の部屋なら誰にも見られないし、そこでなら……どうかな?」
突然の申し出に、乎鞠は戸惑いながらも、痛む身体を少しでも何とかしたいという思いから、小さくこくんと頷いた。
しかし、すかさずレックスが低いトーンで横槍を入れる。
「いえ、それも難しいでしょう。……お気付きではありませんか、ゼノ様。この目立つ衣をまとったまま城へ連れ帰れば、たちまち噂は宮廷中に広がり、魔王陛下の耳に届くのは時間の問題です」
レックスは鋭い眼光を乎鞠に向け、さらに言葉を続けた。
「私の見立てでは、この者の生い立ちや加護の性質からして、異世界においても相当に高位の、あるいは特別な存在である可能性が高い。……魔界を力と恐怖で支配するあの御方は、自らの地位を脅かすかもしれない存在に対して非常に敏感です。一ミリでも危険の芽を感じれば、この小僧……いえ、この客人殿を容赦なく処分されるでしょう」
その重々しい言葉を聞いた瞬間、ゼノの表情がスッと曇った。いつも知的な深紅の瞳に、父親である魔王への恐怖と、目の前の小さな命を守りたいという強い意志が入り混じる。
そして、その不穏な会話を間近で聞いていた乎鞠は、さらに身体を強張らせてガタガタと震え出した。 (また……処分される……? 私はどこに行っても、邪魔な化物なんだ……)
「あっ、違うよ! 怖がらないで、乎鞠……!」
怯えを切った乎鞠を見て、ゼノは焦りながら両手をパタパタと動かした。どうにか安心させようと言葉を探し、その表情がふっと明るい光を帯びる。
「そうだ……! 僕にいい考えがあるんだ!」
ゼノは乎鞠をそっと抱え上げると、昨晩転がり落ちてきた時には影も形もなかった――不思議なことに、今まさに目の前に根を張っている一本の満開の桜の大木へと歩み寄った。 そして、その柔らかな幹の根元に、折れた足を刺激しないよう細心の注意を払いながら、乎鞠を優しく座らせた。
「ここに少しいて。すぐに戻ってくるから!」
言い終わるやいなや、ゼノの背中からバサッと漆黒の美しい翼が力強く広げられた。そのまま地面を蹴り、風を巻き起こして一気に空へと飛び去っていく。
突然ゼノが姿を消し、あとに残されたのは――目の前には強面の剣豪・レックスただ一人。
「…………」
凄まじい戦闘力を持つ最強の執事と二人きりになってしまった空間で、乎鞠は息をするのも忘れるほど緊張し、小さく縮こまるしかなかった。




