↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよなら、私の最初で最後の恋 〜『遊び慣れた女』を演じる貧乏で親孝行な子爵令嬢と、学園一の遊び人侯爵令息の後悔 〜  作者: 恋せよ恋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/22

エピローグ 六十歳の初恋

 マリアンヌ・ミッテランが六十歳を迎えた年、彼女のもとに、思いがけない客が訪れた。


 フレデリック・ドーソン。

 かつて、学園一の遊び人と呼ばれた男も、今ではすっかり落ち着いた紳士となっていた。


 彼は二十七歳で再婚し、十歳年下の伯爵令嬢を妻に迎えた。

 彼女を妻として大切にし、思いやりを持って接した。二人の息子にも恵まれ、ドーソン侯爵家の後継者問題も解決し、家門は安泰となった。


 だが、五年前。

 妻は流行病に倒れ、四十五歳という若さで帰らぬ人となった。


 息子たちはすでにそれぞれ伴侶を得ている。父親として、侯爵家の当主としての責務も、彼は果たし終えていた。



 一方、マリアンヌは再婚することなく、ミッテランの名を守りながら、自らの事業を育て続けていた。


 両親はすでに鬼籍に入ったが、生前は子爵家の安定を見届け、穏やかな晩年を過ごした。


 弟のトーマスはレーベン子爵家を継ぎ、葡萄畑を拡大。領地経営も大きく発展させた。その背景には、姉の助言と、彼女が築いた財産からの支援があった。


 妹のメリッサも、学園時代の同級生だったジャッカス伯爵家の嫡男に嫁ぎ、幸せな家庭を築いている。


 二人の子供は、それぞれ三男二女。どちらも子沢山であった。

 マリアンヌは甥や姪たちから『マリー叔母様』と慕われ、誰かしらが屋敷に泊まりに来ては、賑やかな声が響き渡る日々を過ごしていた。


 彼女は、決して孤独ではなかった。



 そして、フレデリックの別れた妻であるエレオノーラもまた、かつての婚約者と再婚し、幸せな人生を歩んでいた。落馬の後遺症で歩行が不自由になった夫を支えながら、奇跡的に子供にも恵まれたのだという。


 それぞれが、それぞれの人生を選んだ。


 そうして長い年月が流れた今、フレデリックは再びマリアンヌの前に立っていた。


 ◇


「……それで?」


 向かい合って座るマリアンヌは、目の前の男を見つめた。


「私に、何かお話があるのでしょう?」


「ああ」


 フレデリックは少し照れくさそうに笑った。


「マリアンヌ。君に、もう一度プロポーズしたい」


「……まあ」


 彼女は目を丸くしたあと、呆れたように笑った。


「あなた、六十歳にもなって、まだそんなことをおっしゃるの?」


「六十歳だからこそ、だよ」


 彼は穏やかな眼差しで彼女を見つめた。


「もう、家のために結婚する必要もない。誰かの期待に応えるために、人生を決める必要もない。残された時間を、誰と過ごしたいのか。今度こそ、自分の意思で選びたいんだ」


「……そう」


「もちろん、君が望まないのなら、無理強いはしない。これまでどおり、友人として付き合ってくれるだけでも、私は十分に幸せだから」


 若い頃の彼なら、こんな言葉を口にすることはなかっただろう。

 相手の気持ちを確かめることもなく、自分が憧れの対象であることを当然のように思っていた、あの頃。


 けれど、今の彼は違う。

 マリアンヌの答えを待つその姿に、かつての傲慢さはなかった。



 彼女は、しばらく彼を見つめて、小さく息を吐いた。


「私は、六十歳の旦那様と結婚する運命なのかしらね……」


「ぷっ! ははは。そうかもしれないね」


 フレデリックは、心底嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見て、マリアンヌもつられて微笑む。


「でも……」


 彼女は、ふと思い出したように続けた。


「でも……誰かと手を繋いで、その日にあったことをあれこれ話しながら眠る。そんな暮らしには憧れるわね」


「……マリアンヌ」


「ふふ。六十歳になってから、初めて経験することもあるのね」


 彼女は、少し照れくさそうに笑った。


「これからが楽しみだわ、フレデリック様」


 フレデリックは、彼女の言葉を噛みしめるように、ゆっくりと微笑んだ。


「ああ。私もだよ」


 フレデリックは、少し迷ったあと、口を開いた。


「マリアンヌ、それは……リチャード閣下とは」


「ええ」


 マリアンヌは、懐かしそうに目を細めた。


「リチャード様は、私を話し相手として大切にしてくださったわ。たくさんのことを教え、導いてくださったの。私の意見にも耳を傾けてくださったし、私が自分の人生を選ぶことを、いつも尊重してくださった」


 彼女は窓の外へと視線を向けた。


 そこには、穏やかな午後の日差しが降り注いでいた。


「私は、リチャード様のもとへ嫁いで、本当に幸運だったと思うわ」


「……そうか」


 フレデリックは静かに頷き、向かいのソファから立ち上がると、マリアンヌの隣へ移動した。


 友人として長年付き合う中で、彼は彼女が自分の人生を切り拓いていく姿を見守ってきた。リチャード閣下と過ごした年月も、夫を失った悲しみも、そこから立ち上がり、自らの力で人生を築いてきた日々も。すべてが、今のマリアンヌを形作っている。


 嫉妬がなかったわけではない。それでも、彼女が歩んできた人生を否定したり、誰かと比べたりするつもりはなかった。


 若い頃のような激しい恋心だけではない。

 今の彼が望むのは、彼女の歩んできた人生を丸ごと受け入れ、残された時間を隣で共に過ごすことだった。


「……マリアンヌ」


「なあに?」


「これからは、私に君の隣にいることを許してほしい」


 彼女は微笑んだ。


「ええ。よろしくね、フレデリック様」


 六十歳になった二人は、ようやく新たな一歩を踏み出した。


 それは、若い頃の恋の続きを始めるということではなかった。それぞれが歩んできた人生を抱きしめたまま、これからの時間を共に生きること。


 初恋は、決して戻らないけれど、人生には、思いがけない形で新しい恋が訪れることもある。


 マリアンヌは、隣に座る男の手に、そっと自分の手を重ねた。


 かつては、彼の手を取ることができなかった。

 今は、自分の意思で、その手を取ることができる。


 窓の外では、秋の風が木々を揺らしていた。


 過去は過去のまま、変わらない。

 それでも、二人の未来は、まだここから始まるのだった。


 みんなまとめて、ハッピーエンド


「面白かった」と思っていただけましたら、

・ブックマーク

・作品ページ下部の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」欄にて

ポチッとクリックしていただけますと、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。