第20話 真実を見抜く力
カーメル家との提携が始まってから、三週間が過ぎた。
マリアンヌの執務室には、船の航路図や契約書、港の記録が並べられていた。
海運仲介業者への調査が始まって以来、関係者から少しずつ証言が集まっていたが、船の事故と業者の関与を直接結びつける証拠は、まだ見つかっていなかった。
「……どうにも不自然ですわね」
マリアンヌは、三隻の航路図を見比べた。
航路変更を指示した仲介業者は、いずれの船についても、天候の急変に備えるための措置だったと主張している。しかし、当時の気象記録を見る限り、変更を必要とするほどの悪天候は予測されていなかった。
さらに、変更後の航路はいずれも、特定の港を経由するよう指定されていた。
その港は、例の仲介業者が積み替え業務を請け負っている場所だった。
「ノーマン様。あの港で積み替えを行った場合の費用と、通常の航路を使った場合の費用を比較していただけますか」
「費用ですか?」
「ええ。事故が起きたことで、カーメル家が損失を被ったことは確かです。ですが、仲介業者が得た利益については、まだ十分に確認できていません」
ノーマンは少し考え込んだあと、うなずいた。
「分かりました。過去の契約書と照合してみます」
「お願いします。私は、港の記録をもう一度確認しますわ」
二人はそれぞれの仕事に取りかかった。
マリアンヌは、事故が起きた三隻について、出航前後の記録を一枚ずつ確認していった。
すると、ある共通点が目に留まった。
「……積み荷の記録が合わない?」
彼女は、最初の船の積み荷一覧と、港に提出された到着予定の書類を並べた。
記載された積み荷の一部について、数量に差があった。ほかの二隻についても調べてみると、同じような不一致が見つかった。
マリアンヌは眉をひそめた。
単なる記載ミスの可能性もある。しかし、三隻すべてに同じような不一致があるのは不自然だった。彼女はすぐに、カーメル家の倉庫に保管されている積み荷の記録を取り寄せることにした。
◇
翌日の午後、ノーマンが数冊の帳簿を抱えて執務室に入ってきた。
「マリアンヌ夫人、確認できました」
彼は帳簿を机に置いた。
「例の港で積み替えを行った場合、通常よりも高額な手数料が発生していました。しかも、その金額は契約書に記載された標準料金を大きく上回っています」
「やはり……」
マリアンヌは、手元の書類を差し出した。
「こちらをご覧ください。三隻とも、積み荷の数量が出航時の記録と一致していません」
ノーマンは書類を見比べ、目を見開いた。
「これは……積み荷の一部が、最初から別の記録に移されていたということでしょうか」
「その可能性がありますわ。ただし、今の段階で断定はできません」
マリアンヌは落ち着いた声で続けた。
「積み荷の記録を操作し、船の航路を変更させる。そして、指定した港で高額な手数料を請求する。もし、これが一連の計画だったのなら、事故による損失まで利用して、カーメル家に不利な契約を押しつけようとした可能性があります」
ノーマンの表情が険しくなった。
「つまり、船の事故そのものにも、何らかの意図があったと……?」
「まだ分かりません。ですが、調べるべきことは見えてきました」
マリアンヌは、三隻の記録を一つにまとめた。
「まずは、積み荷の管理を担当していた人物と、航路変更の指示を受け取った人物の証言を照合しましょう。記録の不一致が生じた時点を特定できれば、何が起きたのか、さらに詳しく分かるはずです」
「すぐに手配します」
ノーマンは力強く答えた。
◇
数日後、二人は王都の商業ギルドで開かれた調査報告の場に出席した。
海運仲介業者の代表と、関係する商人たちが集められていた。
マリアンヌは手元の書類を整え、落ち着いた表情で口を開いた。
「本日は、カーメル家の船に関する航路変更と、積み荷の記録についてご報告いたします」
彼女は、三隻の航路図と帳簿の写しを順に提示した。
「三隻はいずれも、出航直前に航路変更を指示されていました。そして、変更後の航路には、特定の港での積み替えが指定されていました」
仲介業者の代表が、いら立った様子で口を挟んだ。
「それは安全上の判断です。海上の状況は刻々と変化します。すべての判断を、後から記録だけで批判するのは適切ではありませんな」
「おっしゃるとおりです。航路変更そのものが不正だと申し上げているわけではありません」
マリアンヌは、相手の言葉を遮ることなく答えた。
「問題は、その判断を裏づける記録が存在しないこと。そして、変更後の港で請求された手数料が、契約上の標準料金を大きく超えていることです」
彼女は別の書類を差し出した。
「さらに、三隻の積み荷について、出航時の記録と港に提出された書類の数量が一致していません。この差異について、合理的な説明をいただきたいのです」
代表は書類に目を落とした。
先ほどまでの勢いが、わずかに弱まった。
「……それは、現場での記録違いでしょう」
「その可能性は否定しておりません。だからこそ、確認をお願いしているのです」
マリアンヌは静かに続けた。
「もし記録上の誤りであれば、訂正すれば済むことです。しかし、意図的な操作があったのであれば、話は別です。カーメル家だけでなく、取引に関わったすべての商人の信用に関わります」
会場が静まり返った。
隣に立つノーマンが、彼女の言葉を引き継いだ。
「カーメル家は、これまでの取引記録と証言をすべて提出する用意があります。必要であれば、関係する港や倉庫の調査にも協力いたします」
代表は、すぐには答えなかったが、商業ギルドの調査担当者が口を開いた。
「これだけの記録の不一致がある以上、正式な調査を継続する必要があります。仲介業者側にも、契約書の原本と航路変更の指示記録を提出していただきます」
代表の顔から、余裕が消えた。
マリアンヌは、静かに一礼した。
彼女が求めていたのは、相手を言い負かすことではない。事実を明らかにし、同じ問題が繰り返されないようにすることだった。
◇
調査報告の場が終わると、ノーマンは深く息を吐いた。
「ここまで話を進められるとは思いませんでした」
「まだ、すべてが明らかになったわけではありませんわ」
マリアンヌは書類をまとめながら答えた。
「ですが、これで相手も、曖昧な説明だけで済ませることはできなくなったはずです」
「ええ。カーメル家としても、責任を持って調査に協力します」
ノーマンは彼女をまっすぐに見つめた。
「今回の件で、改めて分かりました。私は、家を立て直すことばかり考えていました。ですが、それだけでは足りなかったのですね」
「どういう意味でしょう?」
「これまでのやり方を守るだけではなく、何が問題なのかを見極め、必要なら変えていかなければならない。あなたと仕事をして、それを学びました」
マリアンヌは穏やかに微笑んだ。
「私も、まだ学んでいる途中ですわ。これからも互いに意見を出し合い、よりよい方法を探していきましょう」
「ぜひ、そうさせてください」
二人は、改めて協力を誓った。
◇
それから数日後、商業ギルドの調査担当者から正式な報告が届いた。
海運仲介業者が提出した説明書には、航路変更を正当化するための根拠が不足していた。また、積み荷の記録についても、複数の不一致が確認された。
仲介業者は契約内容の再調査を求められ、不当に請求していた手数料についても返還を検討することになった。
船が沈没した直接の原因については、なお調査が必要だったは、カーメル家に責任を押しつける形で進められていた契約変更は、いったん差し止められた。
商業ギルドでは、マリアンヌが提出した記録の正確さと、冷静な判断が評価され始めていた。
◇
報告を受けた日の夕方、マリアンヌは執務室の窓辺に立っていた。
机の上には、カーメル家から届いた礼状が置かれている。
そこには、調査への協力に対する感謝と、今後も対等な事業パートナーとして歩んでいきたいという言葉が記されていた。
マリアンヌは礼状を机の引き出しにしまった。
かつての自分なら、誰かの役に立てたことに安堵し、自分の働きが十分だったかどうかを気にしていたかもしれない。
けれど、今は違う。
自分が何を成し遂げたいのか。
どんな仕事を引き受けるのか。
誰と手を取り合い、どんな未来を築いていくのか。
それらを、自分の意思で選んでいけばいい。
マリアンヌは窓から差し込む夕日を背に、次の案件の書類を手に取った。
彼女には、まだ成し遂げたいことがいくつもあった。その未来を思い描くことに、もう迷いはなかった。
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