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【完結】遊び人侯爵令息が後悔した頃、『遊び慣れた女』を演じた貧乏子爵令嬢は別の男に嫁いでいく  作者: 恋せよ恋


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12/22

第12話 五年ぶりの再会と、歪む仮面

 王都の夜会は、眩いばかりの燭台の光と、着飾った貴族たちの喧騒に包まれていた。


 最近の社交界の話題の一つが、半年前に夫である先代ミッテラン公爵を亡くし、最近になって王都へと帰還した――『若き先代公爵夫人』マリアンヌの存在であった。



「ミッテラン先代公爵閣下は、夫人へ十分すぎるほどの遺産と王都の別邸を遺されたそうだ。ご実家に縛られず自由に暮らせるように、とな」


「ご実家のレーベン子爵家の再建も終え、若くして富と気品を手に入れた未亡人……。これは、社交界の花形になるのは間違いないな」


「まだ先代公爵閣下が亡くなって半年ほど……喪中の身でありながら、帰還の挨拶のためにこうして夜会に顔を出されるとは、さすがミッテラン先代公爵夫人だ」


 人々の囁き声を聞きながら、フレデリック・ドーソンはグラスを握りしめていた。

 隣には、王都の流行をおさえた仕立ての良いドレスを纏った妻、エレオノーラの姿がある。



 その時、会場の入口が一際大きくざわめいた。


 視線を向けたフレデリックの息が止まる。


 そこにいたのは、深い漆黒と銀の刺繍が施されたドレスに身を包んだ二十三歳となったマリアンヌであった。


「おお! 喪服の黒が、かえって彼女の美しさと気品を引き立てているな」


「ああ、まったくだ。美しいな」



 マリアンヌは、公爵家で五年間培われた優雅さを纏い、かつての儚げだった少女の面影は消え去り、そこには社交界の誰もが一目置かざるを得ない美しき貴婦人が立っていた。


(マリアンヌ……っ)


 五年間、心の奥底に閉じ込めてきた想いが、彼女の姿を目にした瞬間、激しく揺さぶられた。それでも、フレデリックは必死に平静を装った。侯爵家の跡取りとして、決して動揺を悟られてはならない。 



 やがて、壁際にいたフレデリックたちのもとへ、挨拶を交わしながら歩み寄ってきたマリアンヌが足を止めた。


「……お久しぶりでございます。ドーソン次期侯爵様」


 穏やかで、慈愛に満ちた声。

 マリアンヌは極めて自然に、完璧な淑女の礼を捧げた。


「……ミッテラン先代公爵夫人。このたびは先代公爵閣下のご訃報、心よりお悔やみ申し上げます。……ご息災そうなご様子を拝見でき、安心いたしました」


 フレデリックは丁寧に頭を下げ、お悔やみの言葉を絞り出した。喉の震えを必死に抑えながら、美しく成長した彼女をただ見つめることしかできない。


 動揺を隠すように、フレデリックは慌てて隣に控える妻の背に手を添え、取り繕うように言葉を重ねた。


「あ、ああ……紹介しよう。妻のエレオノーラだ。……エレオノーラ、彼女はミッテラン先代公爵夫人の……マリアンヌ様だ。私とは学園の同窓生でね。君の二学年下にあたるのだが……見かけたことはあったかな?」


 過去の関係を、ただの同窓生と言い切る。

 それは、目の前の女性に揺さぶられた心を隠すための、精いっぱいの取り繕いだった。



「ええ、存じあげておりますわ」


 フレデリックの隣で、エレオノーラは穏やかな笑みを絶やさずに応じた。


「先代公爵閣下の訃報、心よりお悔やみ申し上げます、マリアンヌ様。……こうしてお会いできて光栄ですわ」


 その挨拶に、マリアンヌはふわりと優雅な笑みを浮かべ、穏やかに声をかけた。


「はじめまして、エレオノーラ様。ドーソン次期侯爵夫人とお会いできて光栄ですわ。王都の社交界を離れておりましたので不慣れなこともございますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」


 美しい微笑みを浮かべた、完璧な淑女の対応。


 しかし――エレオノーラは微笑みの下で、夫であるフレデリックの横顔を静かに見つめていた。


 自分の背に添えられた夫の腕が、わずかに震えていること。

 そして、夫の瞳が、目の前の美しき未亡人から片時も離れないこと。


(……ふふ。分かりやすい方)


 エレオノーラは胸の中で、冷ややかな溜息をついた。


 五年間の穏やかな婚姻生活の中で、夫が一度も見せたことのない『熱』が、そこにはあった。



「お悔やみのお言葉、恐れ入ります。夫は最期まで私を温かく慈しんでくださり、レーベン子爵家に戻って新しい人生を生きてほしいと、十分な心遣いを残してくださいました。……今の私があるのは、すべて亡き夫のおかげですわ」


 誇り高く、夫への感謝を口にするマリアンヌ。


 その凛とした姿に、フレデリックは自分がどれほどちっぽけで、遠い存在となってしまったかを思い知らされる。



「それでは、他の方々にもご挨拶がございますので。……どうぞお幸せに、フレデリック様、エレオノーラ様」


 マリアンヌはそう言い残すと、優雅に去っていった。


 フレデリックは、遠ざかるその背中を、ただ虚ろな目で見送るしかなかった。


 そして、その横顔を、妻であるエレオノーラは、すべてを悟った静かな瞳で見つめ続けていたのだった。


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