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さよなら、私の最初で最後の恋 〜『遊び慣れた女』を演じる貧乏で親孝行な子爵令嬢と、学園一の遊び人侯爵令息の後悔 〜  作者: 恋せよ恋


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11/22

第11話 それぞれの五年間と、夫との別れ

 ミッテラン公爵領からの失意の帰還から、数ヶ月。

 王都へ戻ったフレデリックの瞳から、かつての軽薄さは消え失せていた。


 学園一の遊び人として名を馳せた男の面影は姿を消し、そこにいたのは、冷徹なまでに冷ややかな空気を纏った名門ドーソン侯爵家の跡取りであった。


 彼は、社交界で女性たちに囲まれても、かつてのように軽薄な笑みを浮かべることはなくなった。誰に求められても心を動かされず、ただ侯爵家の跡取りとして必要な役目を淡々とこなしていた。


「……父上。ドリオン伯爵家との縁談、お受けいたします」


 執務室でそう告げたフレデリックに、父クリスチャンは深く頷いた。



 相手はドリオン伯爵家の長女、エレオノーラ。

 フレデリックよりも二歳年上の彼女は、教養に秀で、凛とした美しさと高い知性を備えた令嬢であり、社交界でも申し分のない相手であった。


(彼女には、婚約者がいなかったのか? 悪い評判は聞かないが……何かあるのか?)


 今回の縁談を疑問に思ったドーソン侯爵家が密かに調べさせたところ、理由が判明した。


 彼女はかつて学園の同級生であったシシリー子爵家の嫡男と婚約していたのだ。

 しかし卒業直前、彼が馬術の授業で落馬し、歩くことすら困難な体となってしまった。なんとか起き上がれるまでには回復し、優秀であったがゆえに次期当主の座は保たれたものの、もともと美しく優秀な娘を格下の子爵家に嫁がせることをよく思っていなかった伯爵家は、『身体の不自由な男との婚姻など認めん』と結婚を猛反対し、半ば強制的に破談させられた経緯があった。


(なるほど……彼女もまた、親都合の政略に人生を狂わされた口か)


 互いに学園を卒業していたこともあり、二人の婚約から挙式まではわずか半年ほどという速さで進められたのだった。


 ◇


 滞りなく執り行われた挙式と祝宴を終えた夜。二人きりになった夫婦の居室で、エレオノーラは穏やかながらも凛とした声でフレデリックに向き立った。


「フレデリック様。この婚姻が互いの家と利益のためのものであること、私も重々承知しておりますわ。貴方に過度な愛情を求めるつもりはありません。ですが、ドーソン侯爵家の妻としての義務と責任は誠心誠意果たします。どうぞよろしくお願いいたします」


「……ああ。俺も君を蔑ろにはしない。次期ドーソン侯爵夫人に相応しい敬意と立場を約束しよう」


 それは、愛の告白とは程遠い、契約の確認であった。



 二人の夫婦生活は、驚くほど穏やかで誠実なものであった。

 フレデリックは夫としてエレオノーラを常に尊重し、彼女もまた、侯爵夫人の指導のもと社交や屋敷の管理を懸命にこなして見せた。周囲からは『理想的な高貴な夫婦』と見なされていた。



 しかし――二人の間に、真の愛が芽生えることはなかった。


 そして、結婚から五年が過ぎても、二人の間に跡継ぎとなる子が授かることはなかった。


 夜、隣で眠る妻の背中を見つめながら、フレデリックの心の奥底では、決して癒えることのない傷が疼き続けていた。


 ◇


 一方、王都から遠く離れたミッテラン公爵領では、マリアンヌの新しい日々は、戸惑いから始まった。


 夫となった先代ミッテラン公爵リチャードは、マリアンヌが想像していた以上に面倒見のいい人物だった。


「マリアンヌ。私は君を買ったつもりも、縛りつけるつもりもない。君はレーベン子爵家を救うために、尊い覚悟を持って我が家へ来てくれた。ならば私は、君を一人の尊厳ある妻として迎えよう」


 リチャードは若いマリアンヌに最高の家庭教師をつけ、公爵夫人としてのマナーや教養だけでなく、領地経営や財政管理の知識を惜しみなく授けた。


 元々真面目で努力家だったマリアンヌの才能は、広大な公爵領の経営という場で一気に開花した。


 貧困地域の産業支援、ブドウ農園の再建方法の活用、領民の教育制度の整備など――。

 特に実家の葡萄農園への支援では、各農園の被害状況を調べ、土地ごとに栽培方法を見直すことで、収穫量の回復に大きく貢献した。


 いつしか彼女は、『若く聡明な、先代公爵の夫人』として、領民や領地の家臣たちから信頼と愛慕を寄せられる存在となっていた。


「閣下……私は、この領地と人々が大好きです。私に生きる意味を与えてくださり、心から感謝しております」


「ふふ、礼を言うのは私のほうだよ、マリアンヌ。君のおかげで、私の老後は思ってもみなかったほど輝かしいものになった」


 二人の間にあるのは男女の情愛ではなく、深い尊敬と固い絆であった。


 そして――時が流れ、五年が過ぎた。


 約束通り、この五年でレーベン子爵家の負債はほぼ完済され、葡萄の収穫も順調に戻っていた。十五歳となった弟のトーマスは無事に王都の学園へと進学し、十三歳の妹メリッサも健やかに成長していった。


 ◇


 そんな穏やかな日々の中、六十五歳を迎えたリチャードは病に倒れ、床に伏せるようになった。


 日に日に衰弱していく老公爵の知らせは王都にも届き、ミッテラン公爵夫妻や孫たちが急ぎ領地へと駆けつけた。


 涙を浮かべる家臣たちや家族に見守られる中、老公爵は皆に感謝の言葉を伝え、最後にマリアンヌの手を満足そうに握った。


「マリアンヌ……私の妻になってくれて、本当にありがとう……。君は、最高の公爵夫人だった……」


「閣下……! 私の方こそ……レーベン子爵家を救ってくださり、私にも多くのことをご指導くださり、ありがとうございました……!」


 愛する夫であり、恩師でもあった男の最期を看取り、マリアンヌの頬を、涙が静かに伝った。


 ◇


 その後、葬儀には、親族や、長年リチャードに仕えてきた家臣たちが参列し、領民たちも墓前に花を手向けた。皆が老公爵との別れを惜しんだ。


 リチャードの死後、マリアンヌは半年かけて公爵家の事業を次代へ引き継ぐための手続きを終えた。


 領地の統治は、次期ミッテラン公爵となる孫のウィリアムが引き継ぐこととなった。その後の領地経営については、ウィリアムが後任の代官に委ねる予定となっていた。


 公爵夫人としての役目を終えたマリアンヌは、長年離れていた王都へと戻る決意を固めるのだった。


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