第5話 麻酔の切れる夜に
1. 天才のメス、神業の縫合
「――これより、小石川莉菜さん、26歳、子宮腺筋症核出術を開始します。執刀は宮本です。よろしくお願いします」
無機質な手術室に、宮本英治の低く鋭いバリトンボイスが響き渡った。
普段の診察室で見せる穏やかなイケオジの面影は、そこには一切ない。
グリーンの手術着に身を包み、額にヘッドライトを装着した宮本の瞳は、極限まで集中し、冷徹なまでのプロフェッショナリズムを宿していた。
「メス」
機械出しの看護師から手際よくメスを受け取ると、宮本は莉菜の下腹部、水着に隠れるギリギリのラインを、迷いのない美しい軌跡で開腹していく。
皮下脂肪、筋膜を丁寧にかき分け、ついに視界に現れたのは、莉菜の子宮だった。
ジエノゲストの休薬によって、直近の月経(生理)の血を吸い、赤黒く腫れ上がった子宮後壁。
素人の医者であれば、その癒着の激しさと出血の多さに、この時点で安全を優先して「全摘」を選択するかもしれない。
「バイポーラ(電気メス)。……周囲の直腸との癒着が想定より進んでいるな。細かく剥離していく。莉菜さんの大切な組織だ、傷一つ残すな」
宮本の指先が、ミリ単位の精度で癒着を剥がしていく。
そして、腫れ上がった子宮の筋層にメスを入れ、中に染み込んだ腺筋症の病変組織を「くり抜く(核出)」作業に入る。
じわり、と溢れ出る赤い血液。
「吸引。……ここからが本当の勝負だ。多層縫合の準備をしてくれ」
病変を完璧に取り除いた後、子宮の壁にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
宮本は、持針器を手に取り、特殊な吸収糸で、その穴を内側から何層にもわたって細かく、強固に縫い合わせ始める。
(莉菜……君の未来を、君がいつか愛する人と子供を授かるかもしれない、その可能性のすべてを、俺がこの手で繋ぎ止める)
一針、一針、祈りを込めるように、しかし電光石火の速さで針が躍る。
「多層縫合」。
子宮の壁を三層、四層と重ねて縫うことで、将来の妊娠による子宮の増大に耐えられるだけの完璧な「強度」を復元していく。
「……よし。出血コントロール良好。子宮の形態、完璧に復元。閉腹に入ります」
予定時間を大幅に前倒しした、わずか1時間45分。
宮本英治の神業とも言える執刀により、莉菜の子宮は、その機能を何一つ失うことなく、美しく救い出されたのだった。
2. 目覚め、そして二人だけの病室
「……莉菜さん、莉菜さん。終わりましたよ。ゆっくり深呼吸してください」
遠くで聞こえる看護師の声。
重い、泥のような麻酔の眠りから、莉菜の意識がゆっくりと浮上してくる。
喉に違和感があり、お腹のあたりに、ズキズキとした、しかしあの病気の時の鋭い痛みとは違う、鈍い「傷の痛み」を感じた。
ゆっくりと、震える塗られた睫毛を持ち上げる。
白い天井。そして――。
「……莉菜」
真っ先に視界に入ってきたのは、マスクを外し、優しい、今にも泣き出しそうなほどに愛おしそうな目で自分を見つめる、宮本の顔だった。
「英、治……さん……っ」
「ああ、俺だ。よく頑張ったね。……手術は、完璧に成功したよ。子宮は、どこも傷つけることなく、全部残した。君のからだは、俺が守りきったよ」
宮本はそう言うと、莉菜の点滴の繋がっていない右手を、両手でぎゅっと握りしめた。
彼の大きな手から伝わる温もりに、莉菜の目から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
「よかった……。私、子宮、あるんですね……。先生が……英治さんが、助けてくれた……」
「ああ。君の未来は、何一つ失われていない」
宮本は莉菜の涙を親指で優しく拭う。
その時、部屋のドアが開き、看護師が「宮本先生、お疲れ様です。バイタルチェックを――」と入ってきた。
宮本は一瞬でいつもの冷徹な名医の顔に戻り、「ああ、よろしく頼む。経過はすこぶる順調だ」と告げ、一度部屋を後にした。
3. 麻酔の切れる夜、大人の色気(R15)
その日の深夜。
午後十一時を回った頃、莉菜の個室は静まり返っていた。
麻酔が完全に切れ、お腹の傷の痛みがじんわりと強くなってくる。
莉菜がベッドの中で小さく息を漏らしていると、静かにドアが開き、白衣を脱いでネイビーのスクラブ姿になった宮本が再び現れた。
今夜も、彼は当直だった。
「痛むかい、莉菜」
宮本は足音を立てずにベッドの脇に近づき、莉菜の顔を覗き込んだ。
「少し、ズキズキします……。でも、耐えられないほどじゃ、ないです」
「無理をしないで。今、点滴から痛み止めを追加するように指示を出したからね」
宮本は丸椅子に腰掛け、莉菜の様子をじっと
見つめた。
スクラブのVネックからは、彼の鍛えられた大人の男性の鎖骨と、男らしい胸元が覗いている。
夜の静寂の中で、彼の纏う「男のフェロモン」が、狭い個室の中に濃密に満ちていく。
宮本は莉菜の手を取り、指先を優しく絡ませた。
「昼間、君が目覚めたとき……本当は、今すぐにでも君を抱きしめたかった。医師としての理性が、必死で俺を止めていたんだ」
宮本の声が、低く、かすかに掠れていく。
「先生……」
「手術中、君の美しい子宮に触れ、それを俺の手で縫い合わせているとき、俺は狂いそうだった。……この身体を、他の誰にも触れさせたくない。君を、一人の女として、俺のすべてで愛したいと……そう思ったんだ。莉菜、俺はもう、ただの『主治医』の顔をしていられない」
宮本はベッドの淵に身を乗り出し、莉菜の顔に急接近した。
彼の熱い吐息が、莉菜の唇に触れる。
「お腹の傷が痛むかい?……もし、痛まないなら。少しだけ、俺の『わがまま』を許してほしい」
「英治さん……私、痛くなんて、ないです。……早く、あなたに、触れてほしかった……」
莉菜が潤んだ瞳で彼を見つめると、宮本はついに理性の糸を断ち切った。
彼は莉菜の唇に、深く、熱い、大人の濃厚なキスを落とした。
「んむ……っ、あ……」
舌が絡み合い、互いの唾液が熱く混ざり合う。
宮本の大きくて少し硬い手が、莉菜のパジャマのボタンを静かに外し、その下にある、手術を乗り越えたばかりの白く柔らかな胸へと滑り込んでいった。
点滴の繋がった莉菜の身体を気遣いながらも、彼の指先は、莉菜の敏感な先端を容赦なく、優しく揉みしだいていく。
「あ、はぁ……英治、さん……そこ、気持ちいい……っ」
「莉菜……愛している。君を、もう誰にも渡さない」
宮本は、莉菜の首筋やデコルテに、大人の色気溢れる熱いキスマークをいくつも刻み込んでいく。
手術直後のため、直接的な触れ合いはできないが、二人の手のひらと唇、そして互いの熱い情欲は、深夜の病室で激しく溶け合い、莉菜は宮本の巧みな指使いによって、傷に響かないよう静かに、しかし深い絶頂へと導かれ、シーツを甘い蜜で濡らしたのだった。
4. 医師と患者を越えた、新しいカルテ
数日後。
莉菜の回復力は目覚ましく、予定よりも早く「退院」の日を迎えていた。
お腹の傷の抜糸も終わり、もう一人でしっかりと歩くことができる。
産婦人科外来の第一診察室。
莉菜は、私服に着替え、荷物をまとめて宮本の前に座っていた。
「小石川さん。これで、今回の入院治療に関するすべてのプロセスは終了です。経過は非常に良好。今後は、月に一回の定期検診に来てください」
宮本はカルテをパタンと閉じ、いつもの完璧な「宮本部長」として微笑んだ。
「ありがとうございました、宮本先生。本当にお世話になりました」
莉菜もまた、大人の顔で行儀よく頭を下げた。
しかし、莉菜が立ち上がり、診察室のドアノブに手をかけた時――。
後ろから、素早い足取りで近づいてきた宮本が、莉菜の身体を後ろからギュッと抱きしめた。
彼の白衣が、莉菜の背中を優しく包み込む。
「……先生?」
「ここからは、プライベートの話だ」
宮本は莉菜の耳元で、あの愛おしいバリトンボイスで囁いた。
「次の土曜日、俺は休みをとっている。……病院の外で、一人の男として、君をデートに誘いたい。……待っていてくれるかい、莉菜」
莉菜は振り返り、彼の胸に顔を埋めながら、最高の笑顔で頷いた。
「はい! 喜んで、英治さん」
病気を乗り越え、子宮を守り抜いた二人の物語。
それは、医師と患者という境界線を完全に超え、一人の男と女としての、最高に熱くて甘い新たな物語の始まりを告げていた。




