第18話 新米パパのメロメロな休日と、小さな温もり
第18話 新米パパのメロメロな休日と、小さな温もり
1. 母子同室と、親バカな名医
緊急帝王切開から一週間。
莉菜の手術経過はきわめて良好で、子宮の戻り(復古)も完璧。34週で生まれた息子の蒼空も、体重2,200グラムを超え、呼吸も安定して元気にNICU(新生児室)から莉菜の待つ個室へとやってきていた。
日当たりの良い病室。
コット(新生児用ベッド)の中でスヤスヤと眠る小さな蒼空を、白衣姿の英治が食い入るように見つめていた。
「……可愛い。信じられないほど可愛いな、莉菜」
「ふふ、英治さん。もうそのセリフ、今日だけで十回目ですよ?」
ベッドの上で身体を起こした莉菜が、可憐にクスッと笑う。
「仕方がないだろう。眉毛の形は君に似ているし、この愛らしい口元は……いや、どこをとっても天使だ。将来はきっと男前になる」
「もう、親バカなんですから」
英治はそっと指先を蒼空の小さな手に触れさせた。すると、蒼空はギュッと小さな指で英治の人差し指を握り返した。
その瞬間、あの大学病院の冷徹な天才外科医・宮本英治の顔が、一瞬でデロデロに崩れ去る。
「握った……! 俺の指を握ったぞ、莉菜! これは明らかに、父親としての俺を認識している証拠だ……!」
「あはは! 英治さん、声が大きいですよ! 蒼空ちゃんが起きちゃいます」
そこへ、ノックもそこそこに主治医の高峰一樹が入ってきた。
「やあ、莉菜さん、順調……って、おいおい宮本。お前、顔が緩みっぱなしだぞ。医局でも『あの宮本先生がデレデレになりすぎてて不気味だ』って噂になってるんだからな」
「高峰。業務に関係のない冗談なら後にしてくれ。今、俺と息子のスキンシップの最中だ」
英治が途端に真顔に戻って眼鏡のブリッジを上げると、高峰は大爆笑した。
「ハハハ! 偉大な宮本名医も、我が子の前ではただの『デレデレ親父』だな! ……莉菜さん、術後の傷の痛みや、おっぱいの張りはどうですか?」
「はい、高峰先生。お腹の痛みもだいぶ引いて、母乳も少しずつ出始めています」
「良かった。明日の退院診察で問題がなければ、予定通り明後日には三人で退院できますからね」
「ありがとうございます!」
二人の名医の温かいサポートを受け、莉菜の心は感謝と幸せでいっぱいだった。
2. 初めてのおむつ替えと授乳指導
その日の夕方。
蒼空が「ふえぇぇ……っ」と小さな泣き声を上げた。
「あ、お腹が空いたのかな? それともおむつかな……」
莉菜が起き上がろうとすると、英治が「俺がやる!」と素早く制した。
「莉菜、君はまだ術後なんだから横になっていなさい。おむつ交換くらい、産婦人科医の俺にかかれば三十秒で終了するよ」
腕まくりをして、自信満々でおむつ交換台に向かう英治。
だが――。
「……あれ? tapeの止め位置が……いや、足をバタつかせないでくれ蒼空……あ、ちょっと待ちなさい、そこでおしっこを……っ!?」
「きゃーっ! 英治さん、おしっこ飛んでます!」
「う、動くな蒼空! ……くっ、手術室で動脈を止血するより難しいぞ……っ!」
汗だくになりながら悪戦苦闘する英治の姿に、莉菜は大爆笑。
結局、看護師さんに手伝ってもらいながら、なんとかおむつ替えを完了させた英治は、白衣を少し濡らしてハァハァと息をついていた。
「……おかしいな。臨床実習では完璧だったはずなのだが……」
「ふふ、教科書通りにいかないのが、赤ちゃん育児なんですよ、パパ」
莉菜は愛おしそうに蒼空を抱き上げると、胸元を肌蹴させて授乳を始めた。
小さな口で、懸命に莉菜のおっぱいに吸い付く蒼空。
英治はその神々しいまでの親子の姿を、息を呑んで見つめていた。
「……綺麗だ」
「え?」
「君が我が子に乳を飲ませている姿だ。……世界で一番美しく、温かい光景だよ。莉菜、本当に俺たちのもとに生まれてきてくれてありがとう」
英治は莉菜の肩をそっと抱き寄せ、彼女の髪に愛おしいキスを贈った。
3. 祝福の退院と、思い出の我が家へ
そして、退院の日。
秋の澄み切った青空の下、聖マリアンナ記念病院のエントランスには、退院を祝う人々が集まっていた。
親友のエミが大きな花束を持って駆けつけ、病院の看護師たちや高峰医師が見送りに立っていた。
「莉菜、本当におめでとう! 蒼空ちゃん、めちゃくちゃ可愛い~っ!」
エミが涙ぐみながら莉菜を抱きしめる。
「エミちゃん、ありがとう! エミちゃんももうすぐだね、体調気をつけてね」
高峰も英治の肩をポンと叩いた。
「宮本。これから夜泣きと授乳で寝不足の日々が始まるぞ。当直より過酷だから覚悟しておけよ」
「フッ……望むところだ。息子の夜泣きなら、喜んで付き合うよ」
英治は頼もしく微笑み、深く頭を下げた。
「高峰、本当に感謝している。……ありがとう」
「お前らに感謝されるのは、医者冥利に尽きるよ。……幸せにな!」
病院を後にし、タクシーで向かったのは、思い出の詰まった二人のマンション。
ドアを開けると、そこには英治が事前に準備していた、ベビーベッドや可愛いぬいぐるみ、清潔に整えられたベビー用品が並ぶ「子供部屋」が完成していた。
「わあ……! 英治さん、いつの間にこんな準備を……!?」
「君が入院している間にね。……莉菜、お帰り。俺たちの家に」
莉菜は溢れ出る嬉し涙を拭いながら、蒼空を抱っこして部屋に入った。
「ただいま……私たちの、お家……っ!」
4. 三人の夜と、永遠の誓い
その夜。
無事にミルクを飲み終え、ベビーベッドで穏やかな寝顔を見せる蒼空。
静かになったリビングで、英治と莉菜はソファに並んで腰掛け、温かい紅茶を飲んでいた。
「……莉菜」
英治がそっと莉菜の肩を抱き寄せ、彼女を自分の胸の中に引き入れた。
莉菜は英治の温かい胸に顔を埋め、彼の心臓の音を聴いた。
「英治さん……私、今、人生で一番幸せです」
「俺もだよ、莉菜」
英治は莉菜の左手を持ち上げ、その薬指に輝くプラチナの指輪にそっと唇を寄せた。
「あの病室で、絶望して泣いていた君と出会ったあの日。俺の人生は、君によって再び動き出したんだ。……君の子宮を守り、君の心を救い、そしてこうして三人で新しい家族になれた。……俺は世界一の果報者だよ」
「私の方こそ……英治さんが私の主治医になってくれて、私の夫になってくれたから……今の私があります」
莉菜は背伸びをし、英治の唇に優しくキスを重ねた。
英治の腕が莉菜の腰を強く抱き締め、二人は互いの体温と愛を噛み締めるように、深く、甘いキスを交わした。
「莉菜。これからの人生、どんな壁があっても、俺が君と蒼空を命の限り守り続ける。……俺の妻になってくれて、本当にありがとう」
「はい……! 私も、英治さんと蒼空ちゃんを、ずっとずっと愛し続けます!」
ベランダから差し込む月光が、二人の重なる影と、ベビーベッドで眠る小さな命を優しく照らしていた。
絶望から始まった二人の愛の物語は、悲しみを乗り越え、不滅の絆で結ばれた「最高に幸せな家族」として、これからも永遠に続いていくのだった――。
(第18話・本編完結 / 次回、アフターストーリー特別編へ)




