第五話 頼りない王太子?
「はあっ!」
気合の乗った声とともに、ヴォルフラムの剣が模擬用の木剣を弾き飛ばす。対戦相手はまともに受け止めることもできず、尻もちをついた。周囲から歓声が上がる。
「さすがヴォルフラム殿下!」
「一年生の中では敵なしだな」
剣術の授業は、いつもヴォルフラムの独壇場。 恵まれた体格、幼い頃から鍛え上げた剣筋。誰が相手でも危なげなく勝ち進んでいく。汗一つかかずに相手を圧倒するその姿は、確かに絵になっていた。 その少し離れた場所で、エミールは順番を待っていた。対戦相手は平凡な成績の男子生徒。 互いに型どおりの打ち合いをし、判定は僅差でエミールの負け。歓声どころか、拍手すら控えめ。
「殿下、お怪我はございませんか」
フレデリカが駆け寄ると、エミールは苦笑しながら木剣を下げた。
「いえ、この程度は。……あまり見せ場もなくて、申し訳ありません」
「そんな、お気になさらず」
笑顔でそう言ったが、内心では少し複雑だった。 ヴォルフラムのように華々しい活躍を見せるタイプではないと知ってはいたものの、実際に目の前で見比べられると、やはり心中穏やかではない。
(別に、剣が弱くたっていいのに)
そう自分に言い聞かせながらも、周囲のひそひそ声が、少しだけ胸に刺さる。誰かに婚約者を笑われるというのは、思っていたより不愉快なものだと、フレデリカは初めて知った。
「お姉様」
声をかけてきたのは、観覧席から降りてきたルクレツィアだった。
「お姉様の婚約者様は、あまり戦いには向いていらっしゃらないのね」
わざとらしく気の毒そうな表情を作っている。フレデリカは眉根を寄せた。
「殿下は武を競うことより、国を治めることに重きを置いておられるだけよ」
「まあ、都合のいい言い訳」
「言い訳ではないわ。その分、私がお守りすればいいだけの話でしょう」
きっぱりと言い切る。ルクレツィアは肩をすくめ、それ以上は追及せずに去っていった。
少し離れた場所で、エミールがその会話を聞いていたらしい。フレデリカが振り返ると、彼は少し驚いたような顔をしていた。
「……庇っていただいて、ありがとうございます」
「あ、いえ……当然のことですから」
急に照れくさくなり、フレデリカは目を逸らした。庇うつもりというより、ただ本当にそう思っただけだった。それを言葉にするのは、少し気恥ずかしい。
「フレデリカ嬢は、剣が弱くても、私のことを気にかけてくださるのですね」
「弱いなんて、一言も申しておりませんわ」
「……そう言っていただけると、心強いです」
むきになって返すと、エミールは嬉しそうに目元を緩めた。 その笑顔があまりに柔らかくて、フレデリカはしばらく言葉を継げなくなってしまう。
木剣を片付ける時、エミールの手袋の縫い目が少しほつれていることに気づいた。フレデリカがそれを指摘すると、彼は手を返し、初めて見つけたような顔をする。
「本当ですね。後で替えておきます」
「そのまま使っては、指に当たりますわ。次の授業までに、必ず」
「はい」
素直に頷かれたので、もう何も言うことはなかった。それなのに彼が手袋を外すまで見届けてしまい、さすがに口出しが過ぎたかと、フレデリカは伸ばしかけた手を引っ込める。
「すみません。つい、細かいことまで」
「いえ。私のことを気にしてくださるのは、嬉しいです」
剣の腕については何を言われても平気そうだった人が、今は手袋一枚を妙に大切そうに畳んでいる。その手元を見ているうちに、フレデリカの方も、先ほどの陰口を言い返しに行く気がなくなってしまった。
練習場の片隅、ヴォルフラムの側近たちが、なおもエミールの様子を見ながら何やら囁き合っている。
「あれで本当に王太子か?見た目通り、大したことなさそうだが」
「フン、まあ穏健国のやり方なんて、そんなものだろう」
聞こえよがしの声に、フレデリカの眉がぴくりと動く。 だが、エミール本人は気にした様子もなく、木剣の手入れを続けている。その泰然とした姿に、フレデリカは、あの落ち着きこそが、彼の芯の強さなのかもしれないと、ふと思った。 フレデリカは息をひとつついて、練習場の隅へ視線を移した。そこには、次の対戦を待つ生徒たちが並んでいる。その中に、まだ名前を覚えている程度の男子生徒——クラスに転入してきたばかりの、物静かな生徒がいた。
彼は他の生徒たちと同じように歓声を送りながらも、エミールの姿だけをじっと目で追っていた。
(……妙だな)
彼——シリルは、エミールの足運びに違和感を覚えていた。剣筋そのものは、確かに平凡だ。力の入れ方も、間合いの詰め方も、教本通りの範囲を出ない。
だが、足元だけが違う。
打ち合いの最中、重心の移動が本来の型から外れることがある。素人ならただの隙にしか見えないその動きは、シリルの目には「わざと隙を大きく見せている」ようにしか映らなかった。まるで、実力の一部を意図的に隠しているかのように。
(考えすぎか)
シリルはふるりと首を振り、視線を逸らした。自分の任務は、王太子の予定と警備の穴を探ることだ。強いか弱いかは、本来どうでもいい。
それでも、練習が終わったあとも、その違和感は頭の隅に残り続けた。視線の先では、フレデリカがエミールに何か話しかけて、二人でくすくすと笑い合っている。仲睦まじい婚約者同士、という以外の意味を、誰も読み取れない光景だった。
「シリル、次はお前の番だ」
名を呼ばれ、木剣を手に取る。
「おい、さっきからエミール殿下ばっかり見てるけど、お前もファンか?」
隣を通りかかったガウェインに軽口を叩かれ、シリルはつい、むっとした顔を返した。
「……別に、そういうんじゃない」
「そうか?結構熱心に見てたけど」
「観察してただけだ」
「観察って怖い言葉だな、それはそれで」
適当にあしらわれ、シリルは舌打ちを一つして木剣を握り直した。
(あの王太子……本当に、頼りないだけの男なのか)
答えの出ない疑問を抱えたまま、シリルは対戦相手と向き合う。 練習場の空は、何も知らない生徒たちの声で満ちていた。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ





