第三話 第一王女の寄せ集めクラス
「フレデリカ様のクラス、また変わった方が多いんですって」
中庭のベンチで、貴族令嬢たちがひそひそと囁き合っている。フレデリカには聞こえる距離だが、聞こえていないふりをするのが礼儀というものだった。
「毒物にやたら詳しい令嬢がいるとか」
「射撃だけ妙にお上手な方も。剣はさっぱりなのに」
「平民出身の記憶力自慢もいるらしいわよ」
クラス名簿を見れば、確かに突出した成績は少ない。座学は平均以下、剣術の授業でも目立たない者が多い。学年全体で見れば、お世辞にも「エリートクラス」とは呼べない顔ぶれだった。
「まあ、器用貧乏の寄せ集めね」
声の主は、通りかかったルクレツィアだった。今日はヴォルフラムの側近たちを従えている。いずれも名門出身、成績優秀、剣術大会でも上位常連という、絵に描いたような優等生ばかりだ。
「お姉様のクラス、拝見しましたけれど。正直、うちの婚約者様の側近たちの方が、よほど優秀だと思いますわ」
ルクレツィアの隣で、側近の一人が薄く笑う。
「殿下護衛の任にもし就くなら、私どものような者の方が適任でしょうな。剣も馬術も、一通り修めておりますので」
フレデリカはその言葉を聞きながら、ちょうど中庭を横切っていくガウェインに目を留めた。剣術の授業では常に平均以下。だが、五十メートル先の的を、風向きを読んで一発で射抜ける腕を持つ。
「得意なことをしてもらえばいいのよ」
特に気を悪くした様子もなく答えた。
「剣が使えなければ剣を使わせない。それだけの話でしょう」
「随分と悠長ですのね。殿下の護衛には、万能な人材こそふさわしいのでは」
「万能な人は、たいてい何もかもを一人でやろうとして、かえって隙を作るものよ」
フレデリカは扇を軽く開いた。
「毒に詳しい人には、毒を見分けてもらう。射撃が得意な人には、遠くから見張ってもらう。記憶力のいい人には、誰が何を持って歩いているか覚えてもらう。気配を消すのが得意な人には、誰にも気づかれず動いてもらう。それぞれ、他の誰よりも優れた一点があるの」
「一点だけ、でしょう?」
「一点で十分よ。全部を一人でこなせる人間なんて、この世にほとんどいないもの」
ルクレツィアの側近たちは、顔を見合わせて苦笑した。所詮は口だけ、という顔。 だがフレデリカは気にしない。すでに視線は、遠くの木陰へ移動していた。 そこには、フィンが誰かとすれ違いざまに、相手の上着へ指を触れさせた。 相手の懐に入っていた紙片の存在を、指先の感触だけで見抜いたのだろう。すれ違い終える頃には、もうフィンは何でもない顔で歩いていた。
その少し後ろを、エステルが歩いてきた。物静かで、教室でも必要な時以外は口を開かない生徒だが、足音を立てずに相手の背後へ回る腕は確かだった。
彼女はベンチと通路の間に立ち、フレデリカの背中側を塞ぐ。前方ではエミールがまだ姿を見せていないのにと、フレデリカは眉を上げたが、妹の側近が再び話し始めたため、そちらへ向き直った。
その様子を少し離れた場所から見ていたガウェインが、わざとらしく感嘆の声を上げた。
「いやー、フィンの奴、今日も仕事が丁寧だなあ。見習いたいもんだ」
「お前は自分の的当てだけ丁寧にしてろ」
「手厳しいな」
側近の一人が、その空気にまったくついていけず、怪訝な顔をしていることには、誰も気づかなかった。
「あら、お姉様。聞いていらっしゃる?」
「聞いているわ。うちの婚約者様の側近たちの方が優秀、でしょう」
フレデリカは微笑んだ。
「それなら、今度お手合わせでもお願いしようかしら。どちらが殿下のお役に立てるか、はっきりするでしょうし」
ルクレツィアは言葉に詰まり、それから扇で口元を隠した。
「……結構ですわ。お姉様と張り合うつもりはございません」
「あら、残念」
側近の一人が、なおも食い下がるように口を挟んだ。
「フレデリカ様は、随分と大胆なことを仰いますな。この程度の人選で、本当に殿下をお守りできると?」
「守れるかどうかは、結果が教えてくれるでしょう」
表情を変えずに答えた。挑発には乗らず、ただ淡々と、事実だけを積み重ねていく。それが、彼女なりの流儀だった。
ルクレツィアたちが去っていくのを見送っていると、少し離れた渡り廊下から、こちらへ向かって歩いてくるエミールの姿が見えた。今のやり取りを、どこまで聞いていたのだろうか。
「フレデリカ嬢は、頼もしい方ですね」
近づいてきたエミールが、そう声をかけた。
「……お聞きになっていましたの?」
「途中からですが。人を見る目がおありなのだと、改めて感じました」
優しい声で告げられ、フレデリカは少し照れくさくなった。誰かに褒められることには慣れているつもりだったが、彼の言葉は、いつもどこか特別に響く。
「殿下にそう仰っていただけると……その、嬉しいですわ」
「本当のことを言っているだけです」
エミールは微笑んだまま、少しだけ首を傾げた。
「ちなみに、私は、どちらの陣営に入れていただけるのでしょうか。頼りない、と評判のようですが」
「そのようなこと、思っておりません!」
冗談めかした問いに、フレデリカは慌てて首を振った。 あまりに強い否定に、エミールは少し驚いた顔をしてから、声を上げて笑った。
「冗談です。そんなに慌てなくても」
「……失礼いたしました」
頬に熱がのぼるのを感じながら、フレデリカは視線を逸らした。この人の笑い方を見ると、どうにも調子が狂ってしまう。
その日の午後、フレデリカは教室の隅でダリウスと班編成の見直しをしていた。
「マルグリットの治癒班、もう一人増やしたい。侵入者が増えている分、怪我人が出た時の対応が薄い」
「候補は?」
「フィンに聞いて。目立たない生徒の中に、まだ何人か掘り出せると思うの」
「分かった。あと、東の通路担当、少し人数を厚くしたほうがいいと思う。今朝、あの辺りで足跡がまた増えてた」
「そこも見ておくわ」
ダリウスがひとつ頷く。誰かに見られれば、ただの委員会活動に見えるだろう。実際には、これも護衛体制の一部だった。
寄せ集め、と笑われようと構わない。フレデリカが集めたのは、優等生ではなく、それぞれの一点において誰にも負けない者たちだった。
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