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悪役令嬢は消耗しない  作者: 南蛇井


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第八話 悪役令嬢

王宮中央会議室。


 


重厚な扉が開かれると同時に、

空気が変わる。


 


王国重臣会議。


宰相。

財務局長。

騎士団長。

地方統括官。

高位貴族たち。


国政中枢が一堂に会する場所だった。


 


その最奥、

王太子席の隣へ

レティシア・ヴァレンフォール

は静かに立った。


 


机の上には、

分厚い資料束。


 


『業務分散及び責任明確化提案書』


 


タイトルを見ただけで、

既に数人が嫌そうな顔をしている。


 


「では、説明を」


宰相の声。


 


レティシアは一礼し、

淡々と話し始めた。


 


「今回の北部飢饉対応において、複数の業務破綻が確認されました」


「主因は四点です」


 


静かな声が、

会議室へ響く。


 


「業務記録の未整備」


「責任範囲の曖昧化」


「長時間労働の常態化」


「属人化による機能停止」


 


数人の眉が動く。


 


レティシアは続けた。


 


「よって今後、以下の制度改革を提案します」


 


羊皮紙をめくる音。


 


「業務記録義務化」


「労働時間可視化」


「決裁責任明確化」


「属人業務禁止」


 


静寂。


 


一瞬だけ、

部屋が止まった。


 


そして次の瞬間。


 


「馬鹿げている!」


怒声が飛んだ。


 


初老の伯爵が机を叩く。


「現場を知らん理想論だ!」


 


別の貴族も続く。


「そんな細かな管理をしていては動きが遅くなる!」


「責任感を失わせる気か!」


「忠誠心を疑う制度ですな!」


 


次々に声が上がる。


 


「長時間労働の制限だと?」


「非常時に休めと言うのか!」


「甘やかしだ!」


 


レティシアは反論しない。


ただ静かに聞いている。


 


だが内心では、

妙に冷えていた。


 


予想通りだった。


 


この国では、

“耐えること”が美徳だ。


 


壊れるまで働く者は称賛される。


無理をする者は忠臣と呼ばれる。


 


だから。


 


“壊れない仕組み”


そのものが理解されない。


 


「レティシア」


穏やかな声がした。


 


アルベルト第一王子

だった。


 


彼は困ったように微笑んでいる。


 


「言いたいことはわかるよ」


優しい声。


誰かを否定しない声。


 


「でも、少し厳しすぎないかな?」


 


会議室の空気が少し和らぐ。


貴族たちも頷く。


 


「皆、この国のために頑張っているんだ」


「制度で縛るより、協力し合うことが大切じゃないかな」


 


レティシアは静かに王太子を見る。


 


優しい人だ。


本当に。


 


でも。


 


その優しさは、

いつも“誰かが無理をする”ことで成立している。


 


彼は気づいていない。


 


“皆で頑張る”の“皆”が、

実際には限られた有能者へ偏っていることに。


 


沈黙が落ちる。


 


レティシアはゆっくり立ち上がった。


 


そして。


 


静まり返った会議室で、

はっきりと言う。


 


「属人化した行政は欠陥です」


 


空気が凍った。


 


誰も動かない。


 


レティシアは続ける。


 


「“誰かが倒れることで維持される国家”は、既に破綻しています」


 


完全な静寂。


 


貴族たちが言葉を失う。


 


それは、

この国の価値観そのものを否定する発言だった。


 


忠誠。


献身。


自己犠牲。


 


それらを、

“破綻”と言い切ったのだから。


 


アルベルトも、

困惑したように目を見開いていた。


 


だがレティシアは止まらない。


 


「今回倒れた青年官僚は、有能でした」


「責任感もあった」


「だから仕事が集中した」


 


静かな声。


 


「そして皆、“彼なら大丈夫”と思った」


 


その瞬間。


 


レティシア自身、

自分の声が少し冷えていることに気づく。


 


でも止めなかった。


 


「その結果が、過労による重度昏倒です」


 


視線を会議室全体へ向ける。


 


「これを“美談”として処理する限り、同じことは繰り返されます」


 


誰も反論しなかった。


できなかった。


 


会議終了後。


 


廊下を歩くレティシアの背後で、

囁き声が聞こえる。


 


「冷酷な女だ」


「血の通わぬ侯爵令嬢」


「まるで悪役だな」


 


レティシアは立ち止まらない。


 


ドレスの裾を揺らしながら、

真っ直ぐ前だけを見る。


 


その背中には、

以前より少しだけ孤独が増えていた。


 


だが。


 


廊下の柱にもたれていた

カイル・エヴァンス

だけは、

小さく笑った。


 


「……やっと言った」


 


その声だけが、

妙に穏やかだった。

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