表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は消耗しない  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/36

第七話 決意

夜の王宮は静かだった。


 


昼間の喧騒が嘘のように、

廊下には人影が少ない。


灯りもまばらだ。


 


それでも、

東塔三階の執務室だけは明るかった。


 


レティシア・ヴァレンフォール

は机に向かって書類を整理していた。


北部飢饉対応。


人員再配置。


緊急予算。


終わらない仕事。


 


だが今日は、

妙に集中できなかった。


 


「……違う」


書きかけた文書を閉じる。


頭の中で、

あの青年官僚の顔が何度も浮かんでいた。


 


“期待しています”


 


その言葉を、

彼は嬉しそうに受け取っていた。


かつての自分のように。


 


「まだ起きていたんですね」


静かな声がした。


顔を上げると、

扉の前に

カイル・エヴァンス

が立っていた。


 


「監査局は暇なのかしら」


レティシアは皮肉を返す。


 


「暇なら帰っています」


「それは残念」


 


カイルは小さく肩を竦め、

机へ視線を向けた。


 


「また仕事を増やしましたね」


「減るよりは建設的でしょう」


 


軽口。


ほんの少しだけ、

以前より空気が柔らかい。


 


カイルは机の端に積まれた資料を見る。


「……まだ北部案件を?」


「気になる点が残っています」


 


本当は違う。


気になっているのは、

“人”の方だった。


 


レティシアは羽根ペンを置いた。


そして、

ぽつりと呟く。


 


「私は、“壊れる人間”を見たことがあります」


 


カイルは何も言わない。


急かさない。


ただ静かに聞いている。


 


「最初は皆、頑張っているだけなんです」


レティシアは窓の外を見る。


夜の王都。


遠くに灯る明かり。


 


「責任感があって、真面目で、期待に応えようとして」


 


前世の記憶。


 


終電後の駅。


眠れない夜。


誰もいないオフィス。


 


笑っていた同僚。


 


“まだいけます”


 


そう言っていた数日後、

彼は倒れた。


 


「周囲も悪気はないんです」


レティシアは静かに続ける。


「助かっている。本当に感謝している。だから頼る」


 


でも。


 


「気づいた時には、その人しか回せなくなっている」


 


沈黙。


 


カイルは腕を組んだ。


「依存構造ですね」


 


レティシアは小さく笑う。


「監査局の言葉にすると、そうなるのでしょうね」


 


だが、

今の彼女にはもうわかっていた。


 


問題は、

一部の悪人ではない。


 


怠慢な上司でも。


冷酷な貴族でも。


無責任な王太子でもない。


 


もっと根深い。


 


“頑張れる人間に依存することで成立する仕組み”


そのものだ。


 


誰かが無理をする前提。


誰かが耐える前提。


誰かが倒れるまで支える前提。


 


だから皆、

止まれない。


 


レティシアはゆっくり目を閉じる。


そして。


 


静かに、

だがはっきりと言った。


 


「もう、“優秀だから”という理由で誰かを潰させない」


 


それは誓いだった。


 


カイルは数秒、

彼女を見つめていた。


やがて小さく息を吐く。


 


「その顔」


「?」


「ようやく、“変える側”の顔になりました」


 


レティシアは眉をひそめる。


「以前は違ったと?」


「以前は、“耐える側”でした」


 


言い返せなかった。


 


カイルは退出しようとして、

ふと立ち止まる。


 


「……ちなみに」


「何です?」


「その量、今夜中に終わらせる気ですか」


 


レティシアは当然のように答えた。


「ええ」


 


カイルは無表情のまま言った。


 


「まずあなたから改革した方がいい」


 


扉が閉まる。


 


しばらくして。


 


レティシアは小さく息を吐き、

新しい羊皮紙を机へ置いた。


 


そして、

ゆっくりタイトルを書き始める。


 


『業務分散及び責任明確化提案書』


 


王宮で最も嫌われるタイプの文書だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ