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悪役令嬢は消耗しない  作者: 南蛇井


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第四話 名誉ある犠牲

それは、

午前二時の出来事だった。


 


北部支援班の仮設執務室。


大量の書類と怒号が飛び交う中で、

一人の青年官僚が机に向かっていた。


 


「配給数、修正……第三村落、避難民増加……」


焦点の合わない目。


震える手。


乾いた唇。


 


隣の書記官が声を掛ける。


「おい、一回休め」


青年は首を振った。


「まだ、終わってません」


「でもお前――」


「今止まったら、輸送が遅れるんです」


その言葉を最後に。


 


青年の身体が、

崩れるように倒れた。


 


書類が舞う。


椅子が倒れる。


悲鳴。


 


「医療局を呼べ!」


「しっかりしろ!」


「おい、返事を――!」


 


だが青年は動かなかった。


 


 


翌朝。


王宮は妙に静かだった。


 


「北部支援班の青年官僚が過労により倒れた」


その報告は瞬く間に広がった。


 


レティシア・ヴァレンフォール

は医療局の報告書を読んでいた。


重度疲労。


極度睡眠不足。


栄養失調。


あと数時間遅れていれば、

命の危険もあったという。


 


レティシアの指先が止まる。


 


――やっぱり。


 


そう思った瞬間、

胸の奥が冷たく沈んだ。


 


会議室では既に、

その件が話題になっていた。


だが。


 


「若いのによく尽くした」


「国のために身を削ったのだな」


「立派な青年だ」


 


貴族たちは、

どこか感心したように頷いている。


 


誰も。


誰一人。


 


“なぜそうなったか”


を問題にしない。


 


「北部支援は激務ですからな」


「しかし、責任感は称賛に値します」


「今後の官僚たちの模範になるでしょう」


 


模範。


 


レティシアは無言で座っていた。


表情は完璧だった。


背筋も伸びている。


声も震えない。


 


だが。


 


手元の羽根ペンが、

小さく軋む。


 


「レティシア様?」


隣の官僚が不思議そうに見る。


その瞬間。


 


ぱきり。


 


ペンが真ん中から折れた。


 


部屋が静まり返る。


 


レティシアは数秒、

折れた羽根ペンを見つめていた。


それから静かに口を開く。


「……失礼」


ただそれだけ。


感情は出さない。


怒鳴らない。


責めない。


 


けれど胸の奥では、

黒い感情が渦巻いていた。


 


 


――同じだ。


 


脳裏に、

前世の記憶が蘇る。


 


深夜二時のオフィス。


白い蛍光灯。


エナジードリンクの空き缶。


机に突っ伏した同僚。


 


「納期が厳しいんだ」


「今は踏ん張りどころだから」


「君しかいない」


 


誰も止めなかった。


 


いや。


違う。


 


止められなかった。


 


仕事は残る。


責任は消えない。


だから結局、

“できる人間”が潰れるまで回すしかない。


 


あの日、

救急車で運ばれていった同僚の青白い顔を、

レティシアは今でも覚えている。


 


――代わりがいない。


 


その言葉が、

どれだけ人を壊すのか。


彼女は知っている。


 


だから。


 


今、目の前で起きていることが、

ただの事故には思えなかった。


 


これは構造だ。


仕組みだ。


 


“優秀な人間に依存することで成立している国家”


そのものだ。


 


会議が終わった後、

レティシアは一人で廊下を歩いていた。


窓の外では、

朝日が王都を照らしている。


平和な景色。


誰も知らない。


今もどこかで、

誰かが壊れていることを。


 


彼女は窓に手をついた。


静かなガラスの冷たさが、

熱を持った頭を少しだけ冷やす。


 


そして、

誰にも聞こえない声で呟いた。


 


「……また同じことを繰り返すの?」

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