第三十七話 標準化
改革が進むほど。
宮廷の“闇”が掘り起こされていった。
王宮中央資料保管庫。
そこには今、
大量の書類が積み上がっている。
古い決裁文書。
不明用途の台帳。
用途不明の申請書。
誰が管理していたのかも曖昧な資料群。
まるで遺跡だった。
レティシア・ヴァレンフォール
は、
こめかみを押さえながら資料をめくる。
「……なぜ、これが存在しているの」
隣で
カイル・エヴァンス
が淡々と答えた。
「担当者が“昔から必要”と言っていたそうです」
「理由は?」
「本人も分からないそうです」
沈黙。
地獄だった。
現在、
宮廷では大規模な業務標準化が進められている。
目的は単純。
“あの人しか分からない仕事”
をなくすこと。
だが。
実際にやってみると、
想像以上に酷かった。
「この印章管理、誰が把握していますか?」
「東棟のマルク卿です」
「マニュアルは?」
「ありません」
「引き継ぎ記録は?」
「口頭です」
「……正気ですか?」
別部署。
「この予算調整、計算式がありませんが」
「前任者の勘です」
「勘」
さらに別部署。
「なぜ毎年この書類を作成しているんです?」
「分かりません」
「誰も?」
「はい」
宮廷ホラーだった。
レティシアは、
頭を抱えたくなる衝動を必死に抑える。
今まで。
この国は。
“優秀な人間の自己犠牲”
で回っていた。
属人化。
暗黙知。
経験頼り。
全部、
個人へ依存していた。
だから。
一人倒れるだけで崩壊する。
洪水の時、
それが露呈した。
今やっているのは、
その膿を全部出す作業だ。
当然、
悲鳴が上がる。
「こんな細かく文書化していたら仕事にならん!」
ベテラン官僚が怒鳴る。
「現場はもっと柔軟に動くものだ!」
レティシアは冷静に返した。
「柔軟と無秩序は別です」
「ですが!」
官僚はさらに声を荒げる。
「私がいないと回らない業務だってあるんです!」
その瞬間。
レティシアの目が、
静かに細くなった。
彼女はゆっくり言う。
「回らない状態が問題なんです」
空気が止まる。
レティシアは続けた。
「あなたが優秀なのは理解しています」
「ですが、“あなた一人がいないと崩壊する”時点で、それは組織として欠陥です」
ベテラン官僚が言葉を失う。
彼は誇りを持っていた。
自分が支えてきたという自負もある。
でも。
それは同時に。
“自分が壊れたら終わる”
という状態でもあった。
レティシアは知っている。
そういう人間ほど、
限界まで働いてしまう。
責任感が強いから。
真面目だから。
だから壊れる。
その日の夜。
資料室では、
カイルが黙々と業務整理を続けていた。
書類分類。
作業工程整理。
引き継ぎ手順作成。
地味だ。
恐ろしく地味。
だが。
国家改革とは、
こういうものだった。
レティシアは、
疲れた目で資料を見下ろす。
「終わりが見えないわね」
カイルは紙束を揃えながら答える。
「ブラックボックスが多すぎます」
「数十年分ですもの」
レティシアは深く息を吐く。
そしてふと、
窓の外を見た。
昔の自分なら。
“全部自分で把握しよう”
としていただろう。
誰にも任せず。
完璧を求めて。
でも今は違う。
分担している。
共有している。
少しずつ。
組織が、
“人に依存しない形”
へ変わり始めていた。
カイルが静かに言う。
「面白いですね」
「何が?」
「今まで“優秀さ”とされていたものの半分が、実は組織欠陥だった」
レティシアは、
少しだけ苦笑した。
否定できなかった。




