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悪役令嬢は消耗しない  作者: 南蛇井


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第三十六話 制度

改革は、

いつだって地味だ。


 


華々しい勝利もない。


 


劇的な奇跡もない。


 


書類。


規則。


記録。


 


ただそれだけ。


 


けれど。


 


国家を変えるのは、

結局そういうものだった。


 


 


王宮中央会議室。


 


大量の資料が机に積み上がる。


 


そこに並んでいるのは、

新制度案だった。


 


官僚教育制度。


業務標準化。


定時制導入。


医療休職制度。


監査局強化。


権限分散固定化。


 


全部、

派手さはない。


 


だが。


 


国家運営そのものを書き換える内容だった。


 


 


会議室最前列。


 


レティシア・ヴァレンフォール

は、

淡々と説明を続けていた。


 


「新人教育を体系化します」


 


「業務内容は可能な限り文書化」


 


「定時以降の勤務には、監査局への申請義務を設けます」


 


「長期過労者には強制休養措置を――」


 


その瞬間。


 


「甘やかしだ!」


 


怒声が飛んだ。


 


年配貴族が机を叩く。


 


「官僚は国家へ奉仕する者だぞ!」


 


「定時などと軟弱な概念を持ち込む気か!」


 


別の官僚も続く。


 


「医療休職など認めれば、怠け者が増えます!」


 


「昔は皆もっと働いていた!」


 


予想通りだった。


 


会議室は荒れる。


 


反発。


非難。


嘲笑。


 


改革開始から、

ずっと繰り返されてきた光景。


 


だが。


 


以前と少し違うことがある。


 


若手官僚たちだ。


 


彼らは黙って、

資料を見ていた。


 


その目は、

真剣だった。


 


 


「まず教育制度ですが」


 


レティシアは、

怒声を遮らず続ける。


 


「現在、新人教育は完全属人的です」


 


「担当者次第で質が変わる」


 


「結果、無理な長時間労働と精神負荷が常態化している」


 


反論しようとした官僚が、

言葉を詰まらせる。


 


事実だからだ。


 


今までの宮廷は、

“見て覚えろ”

で回ってきた。


 


分からなければ怒鳴られる。


 


倒れるまで働いて一人前。


 


そんな環境だった。


 


レティシアは次の資料を開く。


 


「業務標準化について」


 


「担当者しか分からない業務を禁止します」


 


「必ず引き継ぎ可能な形で文書化を――」


 


「効率が落ちる!」


 


即座に飛ぶ反発。


 


レティシアは冷静に返す。


 


「効率ではなく、継続性の問題です」


 


「一人が倒れた瞬間止まる業務を、“効率的”とは呼びません」


 


会議室が静まる。


 


誰も、

グラハム宰相の件を忘れていない。


 


あの国家停止寸前の混乱を。


 


 


その後も議論は荒れ続けた。


 


定時制導入。


 


監査局権限拡張。


 


強制休養措置。


 


全部、

古い価値観へ喧嘩を売る内容だ。


 


「最近の若者は根性がない!」


 


「苦労を知らん!」


 


「そんな温室育ちで国家運営ができるか!」


 


怒号が飛ぶ。


 


だが。


 


レティシアは揺れなかった。


 


もう知っているからだ。


 


根性論では、

国家は持たない。


 


誰かの献身へ依存する組織は、

必ず崩壊する。


 


それを、

洪水が証明した。


 


 


数か月後。


 


改革は、

限定導入から正式制度化へ進んだ。


 


当然、

不満は多い。


 


「帰りづらくなった」


 


「監査が面倒だ」


 


「昔の方が自由だった」


 


文句は尽きない。


 


だが。


 


数字だけは、

嘘をつかなかった。


 


若手官僚離職率。


 


大幅減少。


 


過労倒れ件数。


 


減少。


 


長期欠勤率。


 


改善。


 


監査局提出資料を見ながら、

レティシアは静かに息を吐いた。


 


派手な成果じゃない。


 


英雄譚にもならない。


 


でも。


 


確かに。


 


“壊れない人間”

が増え始めている。


 


その時。


 


後ろから声がした。


 


「随分変わりましたね」


 


振り返ると、

カイル・エヴァンス

が立っていた。


 


レティシアは苦笑する。


 


「反発は相変わらずですけど」


 


「当然です」


 


カイルは淡々と言う。


 


「価値観を書き換える改革ですから」


 


彼は資料へ視線を落とした。


 


若手定着率改善。


 


残業時間減少。


 


休職後復帰率向上。


 


静かな数字たち。


 


けれど。


 


それは国家史に残る革命だった。

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