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悪役令嬢は消耗しない  作者: 南蛇井


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第三十五話 次の世代

王宮旧資料室。


 


かつて物置同然だったその場所は、

今では少し不思議な空間になっていた。


 


丸机。


柔らかな椅子。


温かい茶。


 


壁際には、

相談受付用の簡易棚。


 


そして窓辺には、

小さな花瓶。


 


ここは、

若手官僚相談室。


 


発案者である

ミレイユ・ローゼン

は、

今日も笑顔で椅子に座っていた。


 


「はい、次の方どうぞー」


 


最初は誰も来なかったこの場所も、

今ではそれなりに人が訪れる。


 


仕事相談。


人間関係。


不安。


疲労。


 


内容は様々だ。


 


そして驚くべきことに。


 


最近は、

泣く人間も増えていた。


 


 


「……無理です」


 


若い女性官僚が、

ぽろぽろ涙を零している。


 


「失敗ばっかりで」


 


「迷惑かけてばかりで……」


 


昔の宮廷なら、

そんな弱音は許されなかった。


 


泣く暇があるなら働け。


 


気合が足りない。


 


根性がない。


 


そう切り捨てられて終わりだ。


 


でも。


 


ミレイユは違う。


 


「そっかぁ」


 


彼女は柔らかく頷きながら、

温かい茶を差し出した。


 


「じゃあ今日は、“無理だった”って認める日にしましょう」


 


女性官僚が、

呆然と顔を上げる。


 


否定されない。


 


責められない。


 


それだけで、

張り詰めていたものが崩れる。


 


「頑張ってる人ほど、限界分からなくなりますからねぇ」


 


ミレイユは笑う。


 


その空気は不思議だった。


 


ここでは。


 


愚痴を言っていい。


 


弱音を吐いていい。


 


頼っていい。


 


そんな空気が、

確かに存在していた。


 


 


少し離れた場所から、

レティシア・ヴァレンフォール

はその光景を見ていた。


 


信じられない気持ちだった。


 


昔の自分なら。


 


絶対に、

こんな場所へ来なかった。


 


弱音を吐くくらいなら、

倒れる方を選んでいた。


 


一人で抱えるのが当然。


 


助けを求めるのは敗北。


 


そう思っていた。


 


だから。


 


ミレイユの在り方は、

時々眩しすぎる。


 


 


その時。


 


一人の若手官僚が、

おずおずと口を開いた。


 


「……こんなに相談して」


 


「迷惑じゃないですか」


 


ミレイユは目を瞬く。


 


そして。


 


本当に不思議そうな顔で笑った。


 


「迷惑をかけ合える組織の方が長持ちしますよ」


 


あまりにも自然な返答だった。


 


若手官僚は、

ぽかんと固まる。


 


レティシアも、

小さく息を呑んだ。


 


迷惑をかける。


 


その言葉を。


 


自分はずっと、

恐れていた。


 


周囲へ負担を押し付けること。


 


頼ること。


 


支えてもらうこと。


 


それを、

悪だと思っていた。


 


でも。


 


本当に危険なのは。


 


“誰にも迷惑をかけず、一人で壊れること”

なのかもしれない。


 


 


相談室を出た後。


 


レティシアは、

廊下の窓辺で立ち止まった。


 


夕暮れの王都が見える。


 


昔より、

少しだけ空気が違う。


 


定時退庁する官僚。


 


談笑する若手たち。


 


まだ完全ではない。


 


過労も。


無理も。


古い価値観も。


 


残っている。


 


でも。


 


確かに変わり始めていた。


 


その時。


 


後ろから声がする。


 


「珍しいですね」


 


振り返ると、

カイル・エヴァンス

が立っていた。


 


「何がです?」


 


「あなたが、人に任せたまま見ているの」


 


レティシアは少し黙る。


 


そして小さく笑った。


 


「……努力中です」


 


カイルも、

僅かに笑う。


 


レティシアは再び窓の外を見る。


 


支えること。


 


守ること。


 


制度を作ること。


 


それだけじゃない。


 


人に頼ることも。


 


支えられることも。


 


きっと必要なのだ。


 


彼女はようやく、

少しだけ理解し始めていた。


 


“支援を受ける強さ”

というものを。

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