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悪役令嬢は消耗しない  作者: 南蛇井


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33/41

第三十三話 婚約者

夜会の音楽が、

遠くで静かに流れていた。


 


王城東棟、

小庭園。


 


夜風が薔薇を揺らしている。


 


そこにいるのは、

二人だけだった。


 


アルベルト第一王子

と、

レティシア・ヴァレンフォール


 


長い間、

婚約者だった二人。


 


幼い頃から共に育ち。


宮廷を支え。


同じ未来を見ていた。


 


少なくとも、

昔は。


 


 


アルベルトは、

庭園の噴水を見つめたまま言った。


 


「最近、君と話すたびに」


 


「自分が間違っている気がする」


 


その声には、

疲労が滲んでいた。


 


責める響きではない。


 


ただ、

苦しそうだった。


 


レティシアは静かに答える。


 


「殿下は間違っていません」


 


それは本心だった。


 


アルベルトは優しい。


 


誰かを救いたいと、

本気で願っている。


 


困っている人間を放っておけない。


 


苦しむ民を見捨てられない。


 


王としては、

むしろ理想的なのかもしれない。


 


だからこそ。


 


彼は自分を削る。


 


そして。


 


周囲にも、

それを求めてしまう。


 


無自覚に。


 


 


アルベルトは苦笑した。


 


「でも君は、そうは思っていない顔だ」


 


レティシアは少し黙った。


 


夜風が吹く。


 


遠くで、

舞踏会の笑い声が響いていた。


 


別世界みたいだった。


 


アルベルトは続ける。


 


「昔の君は」


 


「もっと、人のために無理をしていた」


 


「誰より働いて」


「誰より耐えて」


「全部抱えていた」


 


そして。


 


彼は静かに言った。


 


「……君は変わってしまった」


 


その言葉に。


 


レティシアの胸が、

少しだけ痛んだ。


 


変わった。


 


確かにそうだ。


 


昔の彼女なら。


 


全部引き受けていた。


 


限界まで働き。


誰にも頼らず。


倒れる寸前まで耐えていた。


 


それを。


 


責任だと思っていた。


 


でも。


 


もう違う。


 


レティシアは、

ゆっくり目を伏せた。


 


「……いいえ」


 


小さな声。


 


「壊れなくなりたかっただけです」


 


アルベルトが息を呑む。


 


レティシアは、

静かに続けた。


 


「私はずっと」


 


「壊れることを、“仕方ない”と思っていました」


 


「優秀なら耐えられる」


「責任ある立場なら当然」


 


「そう思っていたんです」


 


自嘲気味に笑う。


 


「でも違いました」


 


「壊れた人間は、何も守れない」


 


アルベルトは何も言わない。


 


レティシアの横顔を、

ただ見つめている。


 


彼もまた、

分かっているのだ。


 


彼女がどれだけ無理をしてきたか。


 


どれだけ一人で支えていたか。


 


知っている。


 


だから苦しい。


 


アルベルトは、

低い声で言った。


 


「……私は」


 


「誰も見捨てたくない」


 


レティシアは頷く。


 


「ええ」


 


「殿下はそういう方です」


 


それは美徳だ。


 


尊い願いだ。


 


でも。


 


現実は残酷だった。


 


全部を救おうとすると。


 


誰かが壊れる。


 


そして大抵、

壊れるのは。


 


“頑張れる人”だ。


 


アルベルトは苦しそうに笑う。


 


「君は現実を見ている」


 


「私は理想を見ている」


 


「……そういうことなのかな」


 


レティシアは答えられなかった。


 


違う。


 


どちらも、

人を救いたいだけだ。


 


ただ。


 


方法が違う。


 


致命的に。


 


 


長い沈黙。


 


やがてアルベルトは、

ゆっくり口を開く。


 


「婚約の件だけど」


 


その瞬間。


 


空気が変わった。


 


レティシアは静かに顔を上げる。


 


アルベルトは、

どこか諦めたように微笑んだ。


 


「……一度、整理した方がいいと思う」


 


王族の婚約。


 


それは恋愛ではない。


 


政治。


国家。


未来。


 


全てに関わる。


 


だからこそ。


 


価値観の断絶は、

致命的だった。


 


レティシアは、

静かに目を閉じる。


 


悲しくないわけじゃない。


 


長い時間を共にした。


 


尊敬もしている。


 


大切だった。


 


でも。


 


もう。


 


同じ未来を歩けない。


 


「承知いたしました」


 


その返答は、

驚くほど穏やかだった。


 


アルベルトは、

少しだけ苦しそうに笑う。


 


「最後まで、君は冷静だな」


 


レティシアも、

ほんの少しだけ笑った。


 


「泣き喚いた方が良かったですか?」


 


「いや」


 


アルベルトは首を振る。


 


「……君らしいよ」


 


その言葉が。


 


最後だった。


 


夜風が吹く。


 


薔薇が揺れる。


 


二人は並んで立っているのに。


 


もう、

同じ場所を見ていなかった。


 


その夜。


 


王宮内部で、

婚約破棄の調整が静かに始まった。

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― 新着の感想 ―
 王太子の『救いたい』の中にレティシアはいないんだよな。
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