第二十四話 あなたがやればいい
災害対策本部は、
異様な静けさに包まれていた。
数時間前までの混乱とは違う。
今あるのは、
“誰も決められない”沈黙だった。
グラハム宰相
不在。
それだけで。
国家中枢はここまで止まる。
誰も想定していなかった。
いや。
想定しないようにしていたのだ。
“あの人なら倒れない”。
そう思い込んで。
重苦しい会議室。
貴族たちの顔色は悪い。
官僚たちは疲弊している。
そして。
皆が無意識に、
同じ方向を見ていた。
レティシア・ヴァレンフォール
へ。
最初に口を開いたのは、
年配貴族だった。
「レティシア嬢」
期待を込めた声。
「君なら宰相閣下の代理を務められるだろう」
空気がわずかに変わる。
別の官僚も続けた。
「現状、最も全体を把握しているのはあなたです」
「緊急時です」
「今は貴女しか――」
まただ。
レティシアの指先が、
小さく震える。
聞き覚えのある言葉。
“君しかいない”。
“頼りにしている”。
“あなたならできる”。
第一章。
あの頃と、
全く同じ。
そこへ。
アルベルト第一王子
が前へ出た。
彼は真剣な顔をしていた。
「レティシア」
優しい声。
「皆、不安なんだ」
「君が支えてくれれば、きっと乗り越えられる」
悪意はない。
本当に。
ただ。
その善意が、
最も重い。
レティシアの胸の奥で、
何かが軋む。
やればできる。
実際。
今の混乱を収束できる可能性は高い。
自分は全体構造を把握している。
業務整理も。
派閥調整も。
現場連携も。
全部できる。
だから。
皆、
期待する。
“レティシアがやればいい”
と。
だが。
それを受け入れた瞬間。
また始まる。
一人に依存する国家。
誰かが壊れることで成立する組織。
グラハムが倒れたばかりなのに。
また同じことを繰り返すのか。
呼吸が浅くなる。
その時。
後方で静かに立っていた
カイル・エヴァンス
が口を開いた。
「レティシア様」
落ち着いた声。
皆の視線が彼へ向く。
カイルはただ、
静かに問いかけた。
「あなたは何を変えたかったんです?」
――。
レティシアの思考が止まる。
何を。
変えたかった?
過労。
属人化。
自己犠牲。
“有能な人間が壊れることで維持される国家”。
それを変えたかったはずだ。
なのに。
今、
自分が全部を抱え込もうとしている。
それでは意味がない。
結局。
“次のグラハム”
になるだけだ。
カイルは続けない。
ただ待つ。
答えを。
レティシアはゆっくり目を閉じた。
怖かった。
全部を背負わなければ、
もっと酷いことになるかもしれない。
失敗するかもしれない。
死人が出るかもしれない。
でも。
一人へ依存する仕組みを続ければ、
いつか必ずまた壊れる。
なら。
今、
変えなければならない。
レティシアは静かに顔を上げた。
会議室中の視線が集まる。
期待。
不安。
願望。
全部。
その中で彼女は、
はっきりと言った。
「……全部はやりません」
空気が凍った。
誰かが息を飲む。
貴族たちが目を見開く。
「な……」
「今、何と……?」
レティシアは逃げなかった。
まっすぐ全員を見る。
「私は、この国を“誰か一人が壊れることで成立する組織”のままにはしません」
静かな声。
だが。
決定的だった。




