第二十五話 責任放棄
「ふざけるな!!」
怒声が、
会議室へ叩きつけられた。
貴族の一人が、
机を激しく叩く。
「この非常時に何を言っている!」
「宰相閣下が倒れたのだぞ!?」
「今さら理想論を語る場ではない!」
怒号。
非難。
苛立ち。
会議室の空気は、
完全に爆発していた。
数分前。
レティシア・ヴァレンフォール
は宣言した。
“全部はやらない”。
それはこの場の人間にとって、
信じ難い言葉だった。
今まで。
有能な人間は、
全部を引き受けてきた。
だから今回も、
当然そうすると思っていた。
なのに拒否した。
つまり彼らには、
こう聞こえる。
“見捨てた”。
「貴女ほどの能力がありながら!」
「民を見殺しにする気か!」
「責任放棄だ!!」
責任放棄。
その言葉が、
会議室中へ広がる。
誰かが吐き捨てた。
「やはり冷酷な女だ」
悪役令嬢。
再来だった。
だが。
レティシアは動じなかった。
以前なら、
揺れていたかもしれない。
全部を抱え込んでいたかもしれない。
でも今は違う。
彼女は静かに、
会議室全体を見渡した。
「……だから崩壊したんです」
怒声が一瞬止まる。
レティシアの声は、
驚くほど冷静だった。
「一人に集中するから、組織は壊れる」
「グラハム宰相が倒れた瞬間、国家機能は停止しました」
「それが証明です」
誰も反論できない。
現実に、
全員見た。
有能な人間へ依存した結果を。
だが年配貴族が叫ぶ。
「だからといって現場へ勝手な権限を与えるのか!?」
「混乱するぞ!」
「責任は誰が取る!」
その言葉に、
レティシアは即答した。
「責任者を分散します」
室内がざわめく。
彼女は机へ、
大量の資料を並べた。
「緊急権限委譲案です」
内容は、
王国にとって前代未聞だった。
・地方役所への緊急裁量権付与
・現地備蓄の独自開放許可
・輸送経路変更の即時判断権
・騎士団現地判断許可
・地方自治体間直接連携
つまり。
“中央確認なしで動け”
ということ。
革命だった。
同時に、
極めて危険でもある。
「暴走したらどうする!」
「地方貴族が私物化する可能性は!?」
「責任統制が崩壊するぞ!」
当然の反応だった。
今までこの国は、
中央集権で回ってきた。
だから皆、
現場判断を恐れている。
だが。
レティシアは静かに言う。
「今は既に崩壊しています」
その一言で、
空気が止まった。
「確認待ちで避難が遅れた」
「許可待ちで物資が止まった」
「責任回避で人が死んでいる」
淡々と。
事実だけを並べる。
誰も反論できない。
なぜなら。
全部、
現実に起きているから。
会議室後方。
アルベルト第一王子
は苦しそうな顔をしていた。
彼は理解したいと思っている。
レティシアが間違っていないことも。
今の構造が危険なことも。
でも。
怖いのだ。
権限分散。
現場判断。
中央依存の解体。
それは。
“皆で支え合う”
という彼の理想と、
少し違って見える。
もし現場判断が失敗したら?
もし暴走したら?
責任は誰が取る?
アルベルトは静かに言った。
「……人を信じすぎではないかな」
レティシアは彼を見る。
優しい人だ。
でも。
この人はまだ、
“誰かが全部支える側”
の発想から抜け出せていない。
彼女は静かに答えた。
「違います」
「一人しか信じない組織の方が、危険なんです」
アルベルトは、
言葉を失った。
やがて。
重苦しい沈黙の中。
レティシアは、
改革資料へ最後の署名を書き込む。
超危険改革。
失敗すれば、
彼女は全責任を負わされる。
それでも。
彼女は止まらなかった。
“誰か一人が壊れることで維持される国家”。
それを終わらせるために。




