第二十二話 過労中枢
王宮から、
人の顔色が消えていた。
誰もが青白い。
目の下には隈。
足取りは重い。
災害発生から数日。
中央行政は、
限界へ近づいていた。
「第三区避難民、さらに増加!」
「物資輸送隊、南街道でも停止!」
「医療局が人手不足を訴えています!」
災害対策本部では、
報告が絶え間なく飛び交う。
だが。
処理が追いつかない。
書類が積み上がる。
判断待ちが滞留する。
中央確認。
中央承認。
中央責任。
全部が一点へ集中し、
組織全体を圧迫していた。
「誰がこの案件担当だ!?」
「聞いてません!」
「それは財務局では!?」
「違う、輸送管理です!」
怒号。
責任転嫁。
混乱。
完全に、
組織が悲鳴を上げている。
若手官僚の一人が、
机でうつ伏せになっていた。
寝ている。
いや。
気絶に近い。
隣の官僚が揺する。
「起きろ! まだ終わってない!」
その声にも、
どこか焦りと疲労が滲んでいた。
一方。
アルベルト第一王子
は、
必死に状況を支えようとしていた。
彼は善人だ。
本当に。
だからこそ、
休まず現場を回る。
官僚たちへ声をかける。
「皆、本当にありがとう」
「大変だけど頑張ろう」
「皆で支えればきっと乗り越えられる」
優しい声。
励まし。
多くの官僚は、
その言葉に感動すらしていた。
だが。
レティシア・ヴァレンフォール
だけは、
胃が痛くなっていた。
まただ。
“皆で頑張ろう”。
その言葉は一見、
正しい。
でも実際には。
頑張れる人間へ、
更に負荷が集中する。
責任感の強い人。
断れない人。
有能な人。
そういう人間ほど、
「自分がやらなければ」
と思ってしまう。
結果。
壊れる。
午後。
レティシアは各部署の進捗確認をしていた。
すると官僚たちが、
次々彼女へ書類を持ち込んでくる。
「レティシア様、この判断を」
「こちらも確認お願いします」
「至急案件です!」
山積み。
止まらない。
彼らに悪意はない。
むしろ信頼しているのだ。
“レティシアなら処理できる”
と。
その言葉が。
頭の奥で、
嫌な響きを持って蘇る。
レティシアなら大丈夫。
第一章。
毎日聞いた言葉。
安心した顔。
頼る声。
そして最後に残る、
自分一人分の負荷。
呼吸が少し浅くなる。
その時。
若手官僚が、
申し訳なさそうに言った。
「すみません……レティシア様なら、何とかできるかと」
心臓が嫌な音を立てた。
完全に、
過去と重なる。
“君ならできる”
“頼りにしてる”
“代わりがいない”
全部。
壊れる人間へ向けられる、
優しい圧力だ。
レティシアは一瞬、
言葉を失った。
視界の端で、
書類の山がぼやける。
カイルが以前言った言葉が蘇る。
“あなたは休む自分を許せていません”
違う。
許していないのは、
周囲も同じだ。
働ける人間へ、
無意識に依存する。
組織全体が。
国家全体が。
その時。
遠くで誰かが倒れる音がした。
官僚の一人が、
椅子ごと崩れ落ちたのだ。
悲鳴。
混乱。
医療班が駆け寄る。
だが周囲は、
数秒後にはまた仕事へ戻っていく。
止まれない。
止まったら、
全部崩れる。
そんな空気が、
王宮を支配していた。
レティシアは静かに立ち尽くす。
この国は今。
災害だけで壊れかけているんじゃない。
“有能な人間を消耗品にする構造”
そのものが、
国家中枢を食い潰している。




