第十八話 改革者
改革は、
ゆっくりと広がっていた。
本当に、
少しずつ。
だが確実に。
王宮の空気が変わり始めていた。
「失礼します」
夕刻。
財務局の若手官僚が、
恐る恐る席を立つ。
以前ならあり得なかった。
周囲より早く帰るなど、
“やる気がない”と見なされかねない。
だが。
「引き継ぎ終わってる?」
隣の先輩官僚が聞く。
「はい、記録も残しました」
「ならいい。気をつけて帰れ」
自然なやり取りだった。
若手官僚は少し驚いた顔をして、
それから頭を下げる。
「お先に失礼します」
誰も嫌な顔をしない。
小さい。
でも。
革命だった。
別部署。
引き継ぎ表を前に、
官僚たちが会話している。
「この案件、明日こちらで対応します」
「了解。進捗は記録済みだ」
以前の王宮なら、
担当者不在で止まっていた。
だが今は違う。
少しずつ、
“共有する”文化が生まれていた。
近衛騎士団でも変化が起きていた。
訓練場脇。
「おい、休憩入れ」
騎士が後輩へ声をかける。
以前なら:
“気合が足りん”
で終わっていた場面。
若手騎士は驚いた顔をする。
「ですが、まだ訓練が――」
「集中切れてる」
先輩騎士は短く言った。
「無理して倒れたら意味がない」
その言葉に、
若手は少し戸惑う。
でも。
素直に座った。
訓練場奥では、
ディートハルト・クロイツ
が無言でそれを見ていた。
まだ迷いはある。
だが彼は、
休養制度試験導入を許可した。
完全には納得していない。
それでも。
“今まで通りでは駄目だ”
とは理解し始めていた。
一方で。
当然ながら、
反発も強まっていた。
貴族会議では不満が噴出する。
「最近の若者は軟弱だ」
「少し制度を整えた程度で甘える」
「国が弱くなるぞ」
保守派貴族たちは、
露骨にレティシアを敵視していた。
特に
アーヴィング大司教
は静かな声で言う。
「苦労を避ける文化は、人を弱くします」
その言葉に頷く者も多い。
自己犠牲は、
長年この国の美徳だった。
だから改革は、
価値観そのものへの挑戦になる。
当然、
軋みも生まれる。
夜。
執務室。
レティシア・ヴァレンフォール
は窓辺に立っていた。
今日も書類は多い。
問題も山積み。
反発も強い。
それでも。
窓の外を見る。
王宮正門から、
官僚たちが帰っていく。
以前より、
少しだけ早い時間。
数人が笑いながら歩いている。
「今日はちゃんと帰れたな」
「明日続きやればいいだろ」
「引き継ぎ残してるしな」
そんな声が、
遠く聞こえた。
レティシアは静かに目を細める。
ほんの少し。
本当に少しだけ。
でも。
“無理し続けることが当たり前”
だった空気が変わり始めていた。
その時。
後ろから声がした。
「随分、静かですね」
振り向くと、
カイル・エヴァンス
が立っている。
レティシアは小さく笑った。
「ええ」
窓の外へ視線を戻す。
帰宅する人々。
少しだけ早く消える執務室の灯り。
それを見ながら、
彼女は静かに思った。
「……変わり始めている」




