第十七話 働かないと価値がない
王都中央広場を抜けた後。
カイル・エヴァンス
は通り沿いの小さな喫茶店へ入った。
「……まだ続くんですの?」
後ろから、
疲れた声が飛ぶ。
レティシア・ヴァレンフォール
は完全に不服そうだった。
「休養ですので」
「休養に監視が必要?」
「あなたの場合は」
否定できないのが腹立たしい。
店内は静かだった。
午後の遅い時間。
客も少ない。
窓際席へ座ると、
ようやくレティシアは少し息を吐いた。
カイルは紅茶を注文し、
彼女には勝手に甘い焼き菓子まで追加した。
「……子供扱いされている気分です」
「栄養不足です」
即答。
怖い。
しばらく沈黙が落ちる。
窓の外では、
人々が普通に行き交っていた。
買い物をする夫婦。
笑う子供。
談笑する学生。
皆、
当たり前みたいに生活している。
レティシアはぼんやりそれを見つめていた。
そして。
ぽつりと呟く。
「……不思議です」
カイルが視線を向ける。
「何がです?」
「皆、普通に休んでいるのに」
彼女は少し迷い、
それでも言葉を続けた。
「私は、何もしていないと落ち着かない」
紅茶から湯気が立つ。
「役に立たないと、存在する意味がない気がするんです」
静かな声だった。
でも。
酷く重い。
カイルはすぐには返さなかった。
彼はただ、
レティシアを見ていた。
疲れ切った目。
張り詰めた呼吸。
無意識に握られた指先。
この人はずっと。
“成果”でしか、
自分を肯定できなかったのだ。
「……誰かに言われたんですか?」
レティシアは少し驚いた顔をする。
「え?」
「役に立たなければ価値がないと」
彼女は視線を落とした。
誰かに。
明確に言われたわけではない。
でも。
前世では。
成果を出す人間が評価された。
倒れるまで働く人間が、
“責任感がある”と褒められた。
限界まで耐えることが、
社会人として正しいように扱われた。
だから。
気づけば。
働くことと、
存在価値が結びついていた。
レティシアは小さく笑った。
「……変でしょう?」
「いいえ」
カイルは静かに否定する。
「よくある壊れ方です」
その言葉に、
レティシアの動きが止まる。
壊れ方。
まるで。
既に壊れているみたいな言い方だった。
カイルは淡々と続ける。
「あなたは“必要だから働く”と、“働かないと価値がない”を混同している」
完全に。
思考が止まった。
レティシアは瞬きすら忘れる。
胸の奥へ、
言葉が深く刺さる。
必要だから働く。
それは理解できる。
責任もある。
立場もある。
でも。
働かないと価値がない。
それは。
違う?
本当に?
レティシアは言葉を探した。
だが見つからない。
前世の記憶が、
脳裏を掠める。
終電。
徹夜。
栄養ドリンク。
“君がいないと回らない”
そう言われることが、
嬉しかった。
必要とされることが、
自分の価値だった。
だから無理をした。
だから壊れた人たちも見た。
なのに。
自分だけは違うと思っていた。
カイルは静かな声で言う。
「あなたは、“休む自分”を許せていません」
レティシアは何も返せない。
図星だった。
沈黙が落ちる。
店内の食器音だけが遠い。
やがてカイルは、
ゆっくり紅茶を置いた。
「あなたが倒れたら」
低い声。
「あなたが守りたい仕組みも終わります」
レティシアの指先が止まる。
「改革も」
「制度も」
「救いたい人たちも」
静かに。
確実に。
「全部、あなたと一緒に潰れます」
その言葉は、
今までで一番効いた。
レティシアは初めて。
“自分自身”
を問題として突きつけられたのだった。




