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悪役令嬢は消耗しない  作者: 南蛇井


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第十六話 強制休暇

その日、

レティシア・ヴァレンフォール

は朝から機嫌が悪かった。


 


理由は単純。


 


仕事が多すぎる。


 


騎士団改革案。


貴族派からの抗議。


追加報告書。


地方監査修正。


 


机の上は完全に崩壊していた。


 


「……終わらない」


 


珍しく本音が漏れる。


 


しかも昨夜は三時間しか寝ていない。


 


だが本人に自覚は薄い。


 


“まだ動ける”


と思っている。


 


最悪だった。


 


昼過ぎ。


 


執務室へ

カイル・エヴァンス

が入ってきた。


 


いつも通り無表情。


静か。


気配が薄い。


 


彼はレティシアを見るなり、

数秒黙った。


 


それから淡々と言う。


 


「今日は帰ってください」


 


ペンが止まる。


 


レティシアは顔を上げた。


 


「……はい?」


 


「休養不足です」


 


「無理です」


 


即答だった。


 


カイルは頷く。


 


「予想通りの返答です」


 


「理解しているなら話が早いでしょう」


 


「ええ」


 


彼は静かに机へ近づいた。


 


そして。


 


書類を持ち上げた。


 


「では没収します」


 


「は?」


 


レティシアが固まる。


 


カイルは淡々と書類束を回収していく。


 


「ちょっと待ちなさい」


 


「駄目です」


 


「それ、今日中の案件です」


 


「明日でも死にません」


 


怖い。


 


監査官、

強い。


 


レティシアは立ち上がった。


 


「返してください」


 


「嫌です」


 


「子供じゃありません」


 


「ええ。だから深刻なんです」


 


即答だった。


 


レティシアは数秒絶句する。


 


その隙に、

カイルは追加書類まで回収した。


 


手際が良すぎる。


 


「あなた、自分の状態を客観視できてません」


 


「できます」


 


「では質問です」


 


カイルは真顔で言った。


 


「昨日の夕食は?」


 


沈黙。


 


レティシアが止まる。


 


「……スープ」


 


「何の?」


 


さらに沈黙。


 


覚えてない。


 


カイルが静かに頷いた。


 


「帰りましょう」


 


完全に論破された。


 


 


その後。


 


半ば強制的に、

レティシアは王都へ連行された。


 


「……本当に意味がわからない」


 


休日服姿のレティシアが、

不機嫌そうに呟く。


 


対するカイルは平然としていた。


 


「散歩です」


 


「私には仕事があります」


 


「ありますね」


 


「なら――」


 


「だから休むんです」


 


会話が成立しない。


 


王都中央通りは、

昼の活気に満ちていた。


 


露店。


パン屋。


花売り。


子供たちの声。


 


レティシアは妙に落ち着かなかった。


 


周囲が騒がしいからではない。


 


仕事をしていない自分に、

違和感がある。


 


「今頃、財務局の確認が……」


 


「止まりません」


 


「騎士団資料も……」


 


「逃げません」


 


カイルが即座に返す。


 


レティシアは眉を寄せた。


 


「あなた、もう少し優しく言えませんの?」


 


「必要ですか?」


 


「少しは」


 


「検討します」


 


絶対しない顔だった。


 


 


二人は市場通りを歩く。


 


レティシアは気づく。


 


自分が、

異常なほど周囲を警戒していることに。


 


官僚を見れば仕事を思い出す。


配送馬車を見れば物流確認を考える。


掲示板を見れば行政連絡を気にする。


 


頭が完全に、

業務へ固定されていた。


 


カイルは隣を歩きながら、

静かに観察していた。


 


この人は。


 


休息そのものに不安を感じている。


 


働いていない時間を、

“空白”として恐れている。


 


たぶん本人は、

まだそこまで自覚していない。


 


広場へ出た時、

レティシアがふと立ち止まった。


 


噴水の周囲で、

子供たちが遊んでいる。


 


笑い声。


 


平和な光景。


 


レティシアはそれを見つめながら、

ぽつりと漏らした。


 


「……皆、普通に生きているのね」


 


カイルが視線を向ける。


 


その言葉は、

妙に疲れていた。


 


彼は少しだけ考え、

静かに答えた。


 


「あなたも本来は、そちら側ですよ」


 


レティシアは何も返せなかった。

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