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悪役令嬢は消耗しない  作者: 南蛇井


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第十五話 壊れた後では遅い

近衛騎士団会議室は、

重苦しい空気に包まれていた。


 


長机を囲むのは、

騎士団幹部たち。


 


そして正面には、

レティシア・ヴァレンフォール

が立っている。


 


机上には、

分厚い資料。


 


『近衛騎士団勤務実態調査報告』


 


誰も嬉しそうではない。


 


「まず結論から申し上げます」


レティシアは静かに口を開く。


 


「現在の騎士団運用は、継続不能です」


 


空気が張る。


 


数人の騎士が眉をひそめた。


 


レティシアは淡々と続ける。


 


「慢性的な連勤」


「休養不足」


「訓練過密」


「人員配置偏重」


 


「結果として、過労状態での訓練事故が発生しました」


 


静まり返る室内。


 


だが次の瞬間。


 


「騎士を甘やかす気か」


 


低い声が飛んだ。


 


古参騎士の一人だ。


 


「我らは武人だぞ」


「多少の無理もできず、何が王国の盾か」


 


周囲も頷く。


 


「実戦では休めません」


「限界を超えてこそ精鋭」


「痛みを恐れて強くなれるものか」


 


典型的な武人論。


 


レティシアは一切動じない。


 


「ですので改善案を提出します」


 


資料を開く。


 


「当番制導入」


「休養義務化」


「訓練時間制限」


「夜間警備後の強制休息」


 


瞬間。


 


「馬鹿馬鹿しい!」


 


反発が爆発した。


 


「訓練制限など弱体化そのものだ!」


「戦場は待ってくれん!」


「休養義務!? 子供扱いか!」


 


怒号が飛び交う。


 


レティシアは静かに彼らを見ていた。


 


似ている。


 


官僚たちと。


 


“壊れることを前提にした組織”


ほど、

自己犠牲を誇る。


 


それが忠誠だと信じている。


 


その時。


 


会議室最奥で黙っていた

ディートハルト・クロイツ

が、

低く口を開いた。


 


「……騎士は耐えるものだ」


 


室内が静まる。


 


団長の言葉。


重い。


 


ディートハルトは腕を組み、

前を見据えていた。


 


「強い者は耐えるべきだ」


「弱音を吐く者に民は守れん」


 


以前の彼なら、

迷いなく言い切っていただろう。


 


だが今は違う。


 


ほんの僅かに。


 


声が揺れていた。


 


レティシアはそれを見逃さない。


 


「ではお聞きします」


 


彼女は静かに言った。


 


「意識不明になった騎士は、“弱かった”のですか?」


 


ディートハルトが黙る。


 


「彼は十四日連続勤務でした」


「睡眠不足状態で訓練へ投入された」


「それでも任務を断らなかった」


 


レティシアの声は冷静だ。


 


だからこそ重い。


 


「責任感があり、真面目だった」


 


ディートハルトの眉がわずかに動く。


 


「あの青年は、あなた方が理想とした“忠実な騎士”だったのでは?」


 


誰も反論しない。


 


できない。


 


レティシアは静かに続けた。


 


「彼は壊れました」


 


空気が凍る。


 


「それでもなお、“耐えられなかった側が悪い”と言いますか?」


 


沈黙。


 


長い沈黙だった。


 


ディートハルトは、

ゆっくり拳を握る。


 


彼はずっと信じていた。


 


強い者は耐えるべき。


 


騎士とはそういうものだと。


 


だが。


 


現実に、

部下が壊れた。


 


誇り高く。


真面目で。


忠誠心もあった男が。


 


その事実が、

彼の価値観を軋ませていた。


 


レティシアは最後に、

静かに言った。


 


「死んだ後の忠誠に意味はありません」


 


その言葉は、

真正面から武人価値観を撃ち抜いた。


 


室内の空気が止まる。


 


誰も動かない。


 


ディートハルトだけが、

じっと机を見つめていた。


 


やがて会議は終わる。


 


騎士たちは無言で去っていった。


 


夜。


 


訓練場。


 


誰もいない広場に、

ディートハルトが一人立っていた。


 


静かな風。


 


彼は若手騎士たちの訓練跡を見つめる。


 


泥。


足跡。


折れた木剣。


 


脳裏に浮かぶ。


 


“団長、もっと強くなります”


 


笑っていた部下。


 


そして。


 


医療局で泣いていた母親。


 


ディートハルトは、

ゆっくり目を閉じた。


 


今まで。


 


疑ったことすらなかった。


 


耐えること。


鍛えること。


犠牲。


 


それが正義だと。


 


だが。


 


もし。


 


それで守るべき人間が壊れるなら。


 


それは本当に、

正しかったのか。


 


答えはまだ出ない。


 


ただ彼は、

長い間その場から動けなかった。

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