第十四話 騎士団事故
事故が起きたのは、
早朝訓練中だった。
「倒れたぞ!」
訓練場に怒声が響く。
一人の若手騎士が、
剣を振った直後に崩れ落ちた。
全身痙攣。
呼吸不安定。
意識なし。
騎士たちが駆け寄る。
「医療班を呼べ!」
「しっかりしろ!」
「おい!」
だが青年騎士は動かなかった。
その報告は、
昼前には王宮全体へ広がった。
近衛騎士団。
王都防衛の中核。
王家直属の精鋭。
その内部で起きた重大事故。
しかも原因が。
過労疑惑。
「鍛錬不足だ」
第一声は、
冷たかった。
近衛騎士団長
ディートハルト・クロイツ
は腕を組み、
淡々と言い放つ。
巨体。
鋭い目。
歴戦の武人。
典型的な“騎士”だった。
「訓練中に倒れるなど未熟」
周囲の騎士たちも、
反論できずに黙る。
王国最強と呼ばれる男。
その言葉は絶対だ。
後方で話を聞いていた
レティシア・ヴァレンフォール
は、
静かに目を細めた。
「……本当に?」
低い声だった。
ディートハルトが視線を向ける。
「何だ」
「記録を確認します」
「必要ない」
即答。
「騎士は鍛えるものだ。限界管理も実力のうち」
レティシアのこめかみが、
ぴくりと動く。
危ない。
かなり怒っている。
だが彼女は感情を抑えた。
「では確認だけでも」
数時間後。
結果は、
最悪だった。
訓練記録。
勤務表。
夜間警備配置。
そこから浮かび上がったのは。
連勤。
睡眠不足。
慢性的な人員不足。
「……十四日連続勤務?」
レティシアが呟く。
副官が気まずそうに答えた。
「現在、人手が足りず……」
「休養日は?」
「実質待機扱いです」
つまり休みではない。
さらに。
夜間警備終了後、
数時間仮眠して朝訓練。
そのまま昼警備。
完全に壊しに来ている。
レティシアは静かに書類を閉じた。
「これで“鍛錬不足”?」
声が冷えている。
副官が視線を逸らした。
「騎士団では、昔からこの形で……」
「“昔から”で死人が出かけています」
空気が凍る。
夕方。
医療局前。
意識不明の若手騎士の家族が到着した。
母親らしき女性が、
涙を堪えながら医師へ詰め寄る。
「息子は……?」
「現在も意識が戻っておりません」
女性の顔から血の気が引いた。
隣で幼い妹が、
不安そうに兄の名前を呼んでいる。
「お兄ちゃん、起きるよね……?」
誰も答えられない。
その光景を、
少し離れた場所で
ディートハルト・クロイツ
が見ていた。
無言だった。
さっきまでの威圧感がない。
母親は泣きながら言う。
「この子、ずっと頑張ってたんです……!」
「王国の役に立ちたいって……!」
レティシアはその声を聞きながら、
静かに拳を握る。
まただ。
“頑張る人間”が壊れる。
そして周囲は、
それを誇らしいものとして扱う。
だが。
壊れた本人も。
残された家族も。
全然、
救われていない。
ふと。
ディートハルトが、
小さく動いた。
彼は医療局の扉を見つめたまま、
低く呟く。
「……あいつは」
声が掠れている。
「真面目な男だった」
誰も返事をしない。
ディートハルトは、
初めて言葉を失っていた。




