第十三話 休めない人々
改革は、
確かに進んでいた。
業務記録。
引き継ぎ制度。
労働時間管理。
少しずつ、
王宮の仕組みは変わり始めている。
――はずだった。
「……減っていない?」
レティシア・ヴァレンフォール
は集計資料を見て眉をひそめた。
残業時間。
依然として高水準。
制度導入前より多少改善している。
だが、
想定より遥かに少ない。
「記録漏れでは?」
彼女が尋ねると、
若手官僚が微妙な顔をした。
「いえ……全員、ちゃんと記録しています」
「ではなぜ?」
その時。
「帰らないんですよ」
後方から、
疲れた声がした。
振り向くと、
中堅官僚が困ったように笑っている。
「制度で“帰っていい”とは言われても、皆残るんです」
レティシアは目を細めた。
数日後。
彼女は実態確認のため、
各部署を巡回していた。
夕刻。
本来なら、
そろそろ帰宅者が増える時間。
しかし。
皆、
普通に仕事をしている。
「定時を過ぎています」
レティシアが言うと、
官僚たちは妙に気まずそうな顔をした。
「いえ、あと少しですので」
「他の方が残っていますし」
「自分だけ帰るのも……」
帰宅罪悪感。
レティシアは静かに息を吐く。
別部署ではさらに酷かった。
「休憩を取ってください」
そう言うと、
若手官僚が真顔で固まる。
「……休憩?」
まるで未知の概念みたいな反応だった。
「ええ」
「今、ですか?」
「はい」
若手は本気で困惑していた。
「ですが、周囲が働いているのに自分だけ休むのは……」
その言葉に、
レティシアの胸が重くなる。
制度を変えれば終わりではない。
もっと深い。
価値観そのものが、
染みついている。
夜。
レティシアは食堂で、
数人の若手官僚と話をしていた。
以前より、
少しだけ会話するようになったのだ。
「最近どうです?」
彼女が尋ねる。
若手たちは顔を見合わせた。
「……正直、変な感じです」
「変?」
「早く帰っても、落ち着かなくて」
レティシアの手が止まる。
若手官僚は苦笑した。
「家に帰っても、“本当に帰ってよかったのかな”って考えるんです」
別の官僚も頷く。
「仕事残ってる気がして」
「自分だけ楽してるみたいで」
「結局、資料見返したりしてます」
胃が痛くなるような話だった。
彼らは、
働きすぎが普通になっている。
休むことに、
罪悪感を覚えている。
「……休んだ方が効率は上がります」
レティシアは静かに言う。
すると一人が、
ぽつりと漏らした。
「でも、帰っても落ち着かないんです」
その言葉が、
妙に深く刺さった。
帰宅しても休めない。
それはもう、
仕事量だけの問題ではない。
存在の在り方そのものが、
“働くこと”へ結び付いてしまっている。
レティシアは思い出す。
前世。
休日なのに通知を気にしたこと。
休むと不安だったこと。
“自分だけ止まっている”
感覚。
あれは、
制度の問題だけではなかった。
社会全体の空気。
価値観。
美徳。
「……根深いわね」
思わず呟く。
隣で話を聞いていた
カイル・エヴァンス
が静かに頷いた。
「ええ」
彼は淡々と言う。
「人は、“正しい休み方”を教わらないまま大人になりますから」
その言葉に、
誰も反論できなかった。




