完結話 ――星に願いを――
最終回です。
わたしはグラナド城の居間に腰を下ろし、膝の上に双子の息子を抱いていた。
今日は彼らの三歳の誕生日を祝ったばかり。ふたりともまだ興奮冷めやらぬ様子で、私のドレスの裾を握りしめている。
キュロス様は隣のソファに座り、片手でわたしの肩を抱き寄せ、もう片方の手で娘の髪を優しく撫でている。
リサは本を膝に広げ、時折わたしたちに微笑みかけてくる。夜は静かに更け、暖炉の火がパチパチと音を立てる中、わたしたちはただ家族で寄り添っていた。
不意に、何の意味も無くキュロス様と目が合った。
なんとなく気恥ずかしくなって、目をそらしてしまうわたし。するとキュロス様は唇を私のそばに寄せた。リサに聞こえないくらい声を小さくして、そっと囁く。
「幸せだな、マリー」
「……わたしもですよ」
わたしは頰を赤らめて、彼の胸に頭を寄せた。
――かつて、わたしは暗い物置部屋で一人、暮らしていた。
汚れた襤褸を着て、穴の開いた靴を履いて、「ずたぼろ娘」なんて呼ばれていたっけ。そんな過去も、遠い昔の記憶でしかなくなった。
そう――本当に、ずっと昔のこと。悪い夢でしかなかった気がするくらい……窓越しに夜空を見つめても、思い出すことができないくらい……。
「今夜は星が綺麗ですね」
わたしは独り言みたいにつぶやいた。
キュロス様も倣って窓の向こうを見つめ、そうだなと同意をしてくれた。
「ねえキュロス様、知ってる? 今見えているあの星が、本当はもう滅びているかもしれないんだって」
出産入院中、退屈しのぎにと、わたしは本を読んでいた。学術国家オラクルでは天文学の研究も進んでいて、素人でも楽しく読める本がたくさんあったのだ。そこにはこう書いてあった……夜空にある星は、遠く遠くにありすぎて、その光がわたしの目に届くまで何年――何百年もかかっているんだと。
「不思議な気持ち。それに星に寿命があるというのも信じにくいわ。わたしが生まれた時からずっと変わらず、光り続けているのに」
「すべてのものには終わりと変化があるさ。星も、国も、人もな」
キュロス様はそう言って、娘の小さな頭を撫でた。
「この間、親戚から双子のどちらを跡継ぎにするのかと問い詰められた。遠い先の話だと答えたが、すぐ目の前の問題なんだから今すぐ決めておけと言われたよ」
「……それは、困りましたね」
わたしは眉を顰めた。
双子とはいえ、別の人間。性格も興味のあることも、得意不得意も結構違うのだ。もう少し大きくなってから、当人たちと相談して決めようと思ってたけど……確かに、もう三歳。目星くらいは着けておいたほうが良いのかしら……。
「ほっとけばいい、焦ることは無い」
キュロス様は簡単に言った。
「領主に向いている方が次期公爵に、商売に興味があるほうが商会を継ぐという手もあるし。なんならリサが、その両方を取り仕切ってもいい」
「……この国では、女性は上級貴族の主人にはなれませんが……」
「これから変わるよ。今、リヒャルトがそういった制度のあれこれを片っ端から再審議しているところだ」
「リヒャルト様が?」
「ディルツ以外の国では女王だって珍しくない、なんなら王政ではなく代表制、一般国民による投票で決めるなんて国もある。自国の強みや文化は大切にしながらも、倣うべきところがあれば導入してみよう――とな。それで古臭い貴族連中には煙たがられてるって、ルイフォンが言ってた。笑いながら」
「ふふっ、それはリヒャルト様、お気の毒」
「ルイフォン曰く、王は貴族に嫌われてるほうが良いってさ。平民の味方ってことだからな」
なるほど、ルイフォン様らしい物言いだ。
わたしは笑って、再び夜空へ視線を戻した。
……星も国も、人も変わる。この世にあるすべてのものは、必ず変化をする。
失われてしまう物もあるだろう。忘れてしまったこともあるだろう。
でも……それは悪いことばかりじゃないわ。変化は成長だし、別れは出会いの始まりなのだから。
――と――。わたしは叫んだ。
「ああっ!」
「えっなに、どうした⁉」
キュロス様が驚いて立ち上がる。リサも本から顔を上げ、「ママどうしたの?」と見上げてきた。
アッいけない、変な心配をさせてしまう――けど説明している暇はない!
「キュロス様早く! リサも早く!」
「な、なんだよ。いったい何が」
「とにかく外へ、二人とも早く来て!」
わたしは言いながら立ち上がり、双子を抱えて部屋から飛び出した。
キュロス様はすぐに後を追ってきて、双子を受け取り、そのまま一緒に来てくれる。リサも文句を言いながら付いてきた。
「早く早く――急いで――!」
そんな風にバタバタと移動していると、途中、あちこちの扉から使用人たちが顔を出した。
侍女のミオや執事のウォルフガング、非番の門番や庭師まで、ぞろぞろとわたしの後ろに連なっていく。
ああっみんなに心配させちゃってる――でも本当に、説明をする時間が無いのよ……!
庭園に着くと、わたしはようやく足を停めた。夫を含め後ろの人達がワイワイと、なんだなんだとわたしに問う。
わたしは息を整えながら振り返り、
「ごめんみんな、あのね――」
「あっ! 流れ星‼」
誰かが叫んだ。
「えっどこ……ほんとだ! あっまた!」
わたしも慌てて振り向く。その目の前で、一条、二条の光が走っていく。
「流星群だな」
キュロス様が空を見上げて呟いた。
そんな彼の声は、いつもの落ち着いたオトナの男性そのもので……侍従達も、「あらほんとですねえ」という程度。はしゃいでいるのは子ども達だけだ。
今更ながら、わたしは全身を赤くした。
「す、すみません、あの……わ、わたしは初めて見たものですから……つい大騒ぎしてしまって……」
「何を謝る? 俺だって数えるほどしか見たことないよ、教えてくれてありがとう」
キュロス様はニッコリ笑ってそう言った。
使用人たちも、誰もわたしを嗤わなかった。温かな笑顔で夜空を見上げ、細い光線を眺めて微笑んでいる。
わたしは……星が走る空よりも、彼らの笑顔がまぶしく見えた。
流れ星と違い、長い時間そこに居てくれることが嬉しかった。
かつて、わたしがずたぼろ娘と呼ばれていた日――あの時とは変わってしまったという人が居る。わたしもグラナド城も。
それは正しい。住人は入れ替わり、数が変わり、それぞれの在り方が変わっていた。だけど絶対に変わらないものがここにはある。
わたしはキュロス様にもたれかかった。
「ねえ……愛してるわ、あなた」
何の前触れもない、愛の告白。
だけど彼は、少しも驚くことはなく、笑ってウンと頷いた。
「俺は、初めて会った時からずっと、君のことが好きだった」
……わたしには娘がいて、息子たちがいて、信頼できる侍従達がいる。
愛するひとがそばにいる。
それが変わらないかぎり、わたしの幸せは変わり無く、永遠に続いていくのだ。
わたしが大切に書き続けてきた、この大切な作品を、最後まで大切に読んでくださり、ありがとうございました。
これにて、六年半にわたって連載を続けてきた当作品、「ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される」シリーズの完結となります。単行本のほうも先日発売した第10巻をもってフィナーレとさせていただきました。
以後、現在「カラッポ姫と嘘吐き王子」編が佳境であるコミカライズ、第一章完結までを描いたアニメの配信は続きますが、この小説家になろうにおいては、この章より先が更新されることはありません。
もしかしたら気まぐれに、番外編の短編が投稿されるかもしれませんが……それは閑話や過去回想の時系列となります。
物語は「めでたしめでたし」で終了し、その先――生きている人間たちの未来は、生きている人間である読者様の想像の中で作っていってください。
最後にもう一度。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
次回、また別の世界、別の物語でお会いしましょう!
2026年5月某日 とびらの拝




