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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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【特別章】 みらいのおはなし後編➀

 

 某月某日。グラナド城の中心で、私は叫んだ。


「退屈だわっ!」


 絶叫が白亜の城にこだまする。その声を聴いた――同じ部屋のすぐ隣に居るのだからこだましてなくても絶対聞こえただろうけど――リュー・リューおばあちゃんが、「あらあら」と呆れたような半眼になった。苦笑いしながらも、私を窘めるように指を立てて、


「なによりじゃないの。平和以上に価値のある物は無いのよ」

「……まあ、ね」


 私は適当に頷いた。


 リュー・リューおばあちゃんのことは大好きだけど、私のことを子ども扱いしてくる癖があるのよね。私はもう六歳なのに、まったくもう。


 おばあちゃんの息子で私のパパ、キュロス・グラナドは世界一の貿易商だ。まだ十代の頃に商いを興して以来、世界中を飛び回り、結構なトラブルも乗り越えてきたらしい。だからこんな退屈な日常も、煌めいて見えるだろうけど……。


 そこまで考えてから私は心の中で首を振った。


 ……おばあちゃんの言ってることは間違っている。

 もし本当にそうなら、パパはもっと幸せそうにしているはずだ。

 やっぱりただ平和なだけじゃいけないんだ。パパにとっての宝石――何にも代えがたい大切な物が側にいないと、パパは幸せではないのだ。

 ……それは、私もおんなじだけど……。


 ――ママが居なくなってから、もうすぐ半年が経つ。


 グラナド城での生活はこれといった変わりはない。数か月前と全く同じく、穏やかな生活と漫然とした不安とをないまぜにしたぬるい暮らしを続けていた。


 その時だった。


 カーン! カーン! ――遠く、正門のほうで激しく鐘が鳴る。


 来客だ。リュー・リューおばあちゃんは立ち上がった。


「リサ、お客様を一緒にお出迎えしましょ。おいで」

「私も?」

「ええ、リサも!」


 ニッコリ笑うおばあちゃん。


 ……なんだろう、私が嬉しくなるようなお客様なのかな?

 わくわくしながら、おばあちゃんと手を繋いで正門へ向かう。

 やがて見えてきた光景に、私は来客のに気付き、歓声を上げた。


「――アナスタジア様! ルイフォン様!」


 私が駆け寄ると、馬車から降りてきたばかりの男女が振り返る。声を掛けたのが私だと分かると、女性は両手を大きく広げた。


「リサ! 久しぶりー! またずいぶん大きくなってぇ」


 おばあちゃんが私の背中をポンと押し、伯母に抱き着きに行くよう促してくれる。

 私が駆け寄ると、伯母は私を抱きしめ、頭を乱暴に撫で繰り回した。うっ、意外にも力が強い。頭をぶん回されてあうあう言っている私に気が付いたのか、彼女の隣に居た、真っ白い男性が彼女を止めた。


「よしなよアーニャ。リサちゃん、自慢の赤毛をぐしゃぐしゃにされてご立腹だよ」

「あらルイフォン、それっていいことじゃないの。生まれ持った自分のパーツを愛し誇りに思うのは、健全な精神を育てる礎になるわ」

「ちょっと、何言ってるのかわからない」


 銀髪の美青年はキッチリ突っ込んではくれたけど、どうやら力関係パワーバランスは圧倒的に妻が上らしい。


 アナスタジアは、ママの姉――だから、私にとって伯母になる女性だ。でも私にもママにもあまり似ていなくて、少女に見えるほど若々しい。隣の白い男性は彼女の夫、ルイフォン・サンダルキア・ディルツ。ディルツ国王リヒャルト陛下の弟にあたる、この国屈指の権力者だ。

 ……とは思えないほど、伯母はものすごく気軽に、夫で遊んでいるようだったけど。


 それでもさすが王族夫婦、二人並んで立っていると溜め息が出るほど麗しい。結婚当時『世界一美しいロイヤルカップル』と言われたプリンスとプリンセスは、今は『世界一美しい王族夫婦』と言われている。

 そんな二人の、さらに後ろから……。


「ちょっとぉ、お姉様もルイフォン様も、扉の前から離れてよ。僕が下りられないじゃないか」


 そう言いながら、少年が一人現れた。年の頃は十三、四歳、身長はアナスタジアより少し高いくらい、アナスタジアによく似た特徴を持ち、声を聴かなければ男の子だと分からないくらいの美少年だ。

 セドリック叔父様……ママの弟。シャデラン家唯一の男児で、今は王都の学園に通い、荘園経営の勉強をしている。長期休暇の時期はここグラナド城に滞在することが多いセドリックだけど、今は時季外れだ。


 しかもこの三人組、いったい何の用事だろう?


 私が不思議そうな顔をしているのに気付いたか、アナスタジアは、フフッと笑った。なんだかやけに楽しそうな、悪戯っぽい笑みだった。


「――お父さん、まだ帰ってきてないわよね?」

「う、うん。もう二日も前から……いつものお仕事だろうから、お急ぎだったら港町で落ち合った方が早いかも」


 私はそう答えたが、アナスタジアは首を振った。


「いいえ、もうすぐ帰ってくるはず。だってあたし達、その連絡を受けてここへやって来たんだもの」




 それから、アナスタジア達は城門近くの東屋ガゼボに入り、だらだらと特に意味のない雑談をして時間を潰し始めた。ここでパパを待つつもりとのこと。

 私はしばらく大人たちの会話を聞いていたけど、途中で難しい経営の話が混じってきて、脱落した。


 東屋から抜け出し、ひとりで近くの花壇を覗いて過ごす。

 名前も知らない花は、とてもきれいだけど、もうとっくに見飽きてしまったわ。


 ――グラナド城は、退屈だった。


 毎日世界中から来客があるし、この世の大抵の贅沢品は手に入る。


 それでも――退屈だった。やっぱり何かが足りないのよ。誰かが…………居ない。

 私だけじゃない、みんなきっとそう思ってる。


 誰かが――何かが――。



 その時だった。


 ――カーン、カーン、カーン!


 遠く――正門のほうから鐘が鳴り響く。私より先に、東屋の三人が大きく息を吸い、のけぞるほど勢いよく顔を上げた。


 ――また来客? いや、その場合鐘の音は二回だけのはず。三回の鐘……これは……。


「パパが帰って来たんだわ!」


 私は立ち上がった。 


 グラナド城の正門は、とても大きい。門番のトマスの号令で、二人がかりで鎖を引き、ゆっくりと開かれる。


 扉が開くと、馬の蹄と車輪が石畳を叩く音がした。

 黒鉄の馬車に螺鈿の飾り、その荘厳な馬車は間違いなくここグラナド城の主の物。


 やっぱりパパだ。


 私は正門のそばに立ち、カーテシーをしたまま父の帰還を迎え入れた。その横には三人の親族も並んでいる。私たちの目の前で、馬は足を止めた。

 トマスが馬車に駆け寄り、車室の扉を開く。

 降りてきたのはやはりパパだった。黒いズボンを履いた、長い脚がぬーっと伸びてきて、地面を踏む。

 私達を一瞥して、パパはとても明るい声で言った。


「なんだ、リサにシャデラン姉弟、ルイフォンまで。関係者勢ぞろいだな」


 アナスタジア叔母様が笑顔で応える。


「当然よ。手紙を受け取ってすぐ、何も取らずとも駆けつけてきたわ。可愛い妹に、半年ぶりに会えるんだもの」


 ――え?


「それに、新しい親戚にもね!」


 セドリック叔父様が付け加え、二人は顔を見合わせて笑った。


 私はさらに首を傾げた。え? アナスタジアの妹……って、それ、どういうこと……?


 それに、セドリックの言った新しい親戚とはいったい何?

 ひたすらに混乱する私――パパは馬車の扉に手を伸ばす。そして溌溂とした声で、その名を呼んだ。



「マリー! 足元に気をつけて、降りておいで」



 そして――私の目の前に、美しい人が現れた。




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