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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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【閑話 僕も結構役に立ちたい】②


 関所に到着すると、僕達は二人ともいったん馬車から降ろされた。

 そびえたつ高い塀、門を潜ったところで前後を警備兵に挿まれる。退路をふさぐ形で後方に立つのはディルツの警備兵、前方にはオラクルの警備兵だ。

 まず真っ先に、両手を上げるように命令された。服の上から全身を軽く叩かれ、とりあえず妙な物は持っていないことだけ確認される。それから詰問が始まった。


「両者、その名と出入国の目的を告げよ!」


 うっ、顔が怖い。僕は内心かなり怯みながらも、ここで震えたらかえって怪しまれると思い、がんばった。


「ぼ、僕達はその、グラナド家の侍従――ッぐぎゃ」


 話している途中でミオ様に足を踏まれた。無言で悶絶している僕を押しのけ前に出て、彼女は優雅に、貴婦人の礼をしてみせた。


「わたくしの名前はソフィア、ディルツ王国グラナド公爵家の長女でございます」

「うぶっ⁉」


 思わず吹き出した僕の足をまた踏みつけながら、ミオ様――偽ソフィアはニッコリ笑っていた。

 貴婦人の名乗りを受けて、ディルツの警備兵は目を白黒させた。グラナド公爵家の長女といえば、家督こそ継いでいないが超ビッグネームである。そう理解した瞬間、二人ともビシッと手足を伸ばして敬礼した。


「し、失礼いたしましたソフィア夫人! ……アルフレッド・グラナド公爵の長女、現公爵キュロス・グラナド卿の姉君……ですね!」

「ええ、父は亡くなったし、キュロスとも一緒には住んでおりませんけどもね」


 口元を羽扇子で隠しながら、冷たい口調で言い放つ偽ソフィア。

 目の前の警備兵たちなど障害物としか思っていないような仕草で、シッシッと手で追い払おうとした。しかし彼らも仕事でそこにいる。敬礼はしながらも、引き続き検分には手を抜かなかった。


「恐れ入ります、ソフィア夫人。いくつか質問を……確認をさせてください。貴婦人が何ゆえ入出国を?」

「弟はまだ来ていないの?」


 偽ソフィアは警備兵の質問を無視して問うた。

 ちょっと困った顔をする警備兵。


「グラナド卿でしたら、確かに今朝ここを通過して行かれましたが」

「その同行者です。道が悪くて少し遅れてしまったの」

「しかしお連れは奥様だけで、ほかに同行者がいるなどとは窺っておりませんが」

「いないとは言わなかったでしょ?」


 顔を見合わせる警備兵たち。

 視線だけで、どうしたものかと相談している。

 ……うう……心臓に悪い……どうしてミオ様は汗一つ滲ませずシレッとしていられるのか不思議で仕方ない。この人の心臓にはきっと鋼の鱗が生えている。

 やがて警備兵の一人が関所の建物に引っ込んでいき、代わりに、年嵩な男が出てきた。どうやら先の警備兵たちの上官らしい。偽ソフィア夫人に、恭しく一礼した。


「お話は部下より聞きました。夫人のおっしゃる通り、グラナド卿のご公務ならば、後ろに同行者がいてもおかしくはありません。こちらの確認不足でございました」

「ええ、そうでしょう」

「ですので確認だけ……たいへん失礼ではございますが、何か、公爵の同行であると示す物をお持ちじゃないでしょうか?」


 ――やばい。

 僕は顔をひきつらせたが、ミオ様は目を細めただけだった。


「そんなもの、ありませんわ。もともと四人で旅をしていたのですから」

「では別行動になったのは、事故で?」

「ええ、このフットマンが……馬車の操縦が稚拙で、ぬかるみに車輪を嵌まらせてしまいましたの。それで少しだけで遅れてしまって」


 上官が僕の顔をチラリと見る。ひい。


「……なるほど、それはそれは。ちなみにそれは王都を出てどのくらいの――」

「まったく困ったものですわ。それでもすぐに追いつく予定でしたの。それなのに更に離されてしまったみたいで。キュロスったら、ずいぶん足の速い馬を使っていたのかしら。それともうちが、馬まで無能なのかしら」


 おおすごい……! 僕は本物を知らないけれど、なんかすごい、いかにも気高い貴婦人って感じがすごくする……! この平民の質問を完全無視して喋りたいこと一方的にしゃべるとこ、本当にそっくり貴婦人だ!

 警備兵も、こういう貴族の受け付けは過去に何度か経験していたんだろう。もう諦めたような表情で首を振ってから、一礼した。


「承知いたしました。あなたはもともと前方のキュロス様と共にこの関所を通る予定だったということですね」

「さっきからそう言ってるじゃない」


 また顔を見合わせる警備兵たち。その表情は、「これだから貴族の女ってのは……」という感じ。呆れてはいるが、僕達が本当は平民の、ただの侍従であるとは思われなかった。

 身分の高い貴婦人が、こんな小型の馬車で連れがフットマン一人だけってわけがない。その違和感が、「ただ遅れただけ」という大嘘で上手く理由付けが出来たのだ。


 ディルツ警備兵たちは顔を見合わせ、一礼をして退いた。


「承知いたしました。それではソフィア・グラナド夫人、どうぞ。道中お気をつけて」


 おおっ、通れた!

 ――と、すんなり出国できたと思いきや、オラクルへの入国でまた引き留められてしまった。

 オラクルの警備兵たちが、何かボソボソと相談をしあっている。オラクル語なので聴き取れないが、やはりかなり警戒されているようだった。ディルツ側の兵が僕達の立場や状況を説明してくれたけど、「キュロスって誰だ?」というリアクション。グラナド家はディルツでは有数の名家だが、ディルツと交流の無いオラクルにまで威光が届いていないのだ。

 とりあえず偽ソフィアの身分までは疑われていないようで、国賓級の高貴な身分とみなしてくれてはいるようだけど……。

 ずいぶん待たされてから、やや片言気味のディルツ語で質問される。


「オラクルへの入国はどういった理由だ?」

「知らないわ」


 偽ソフィアは即答した。警備兵のほうがたじろぐ。


「し、知らない、とは……?」

「わたくしはただ弟から誘われただけ。商談だかパーティーだかに、わたくしの顔が必要だというので来てあげたの。あなた、弟から何も聞いていないの?」

「えっ。い、いやもちろん、グラナド公爵からは聞いた、が」

「ならわたくしの入国理由もそれよ」


 オラクルの警備兵が押し黙る。


 ……やばい。あんまり深掘りされると、ミオ様はともかく僕がボロを出してしまう……。

 高貴な身分ってところを疑われたら、車室の荷物まで遠慮なく検分されるだろう。僕達の普段着まで見つかってしまう。すると身分詐称がバレ、さらにグラナド家とのつながりまで疑われる。密入出国者として逮捕とまではいかずとも、今日中の通過は絶望的だろう。


 どうするんですか、ミオ様……!


 僕は思わず、ミオ様の顔を見た。彼女の横顔も、心なしか少し焦っているように見えた。

 ひそひそと内輪で話していたオラクル警備兵達が、じろりと睨むような目つきで僕らを見上げてくる……。


「一度、車室の中を(あらた)めさせ――」

「まだ時間がかかるというの!?」


 みなまで言わせず、偽ソフィア様は叫んだ。扇子で口元を隠しながら、イライラを表情に浮かべている。


「わたくし、早く弟を追いかけたいの。今夜、日が暮れるまでに合流しないと、わたくし達はどこに宿を取ったか知りませんのよ。このわたくしに、フットマンと二人きりで野営をしろとおっしゃるのかしら!」


 まず慌てたのはディルツの兵。偽ソフィアをなだめながらオラクル側に通訳をしてくれる。


「申し訳ございませんソフィア様、しかしもう少々お待ちを――」

「もう我慢ならないわ! それもこれも――ブルーノっ! おまえの運転が下手だからよ!」


 偽ソフィアは持っていた扇子を振り上げ、いきなり僕の顔面をぶっ叩いた。

 ばちん! と盛大な音が立つ。殴られた僕と、見ていた警備兵全員がのけぞった。

 特に警備兵が顔を青くして、


「そ、ソフィア様。どうか落ち着いて――」

「ええいまったくこの役立たずが! いつもいつも、おまえはわたくしの足を引っ張ってばかり。道端に転がっていたのを拾ってやった恩を忘れたの!」


 金切り声で罵倒しながら、二度三度、びしばしと扇子で叩きまくる偽ソフィア。僕は顔を庇うように身を屈めながらも、一切抵抗せず、ひいひいと泣き声を漏らした。


「ご、ごめんなさいごめんなさい、もうしません」

「恩返しどころか厄介事ばかり持ち込んで、本当におまえは疫病神ね」

「ごめんなさい――」

「ふん、もうよろしい。おまえはもう解雇(クビ)にするわ。オラクルにはわたくしだけで参ります」

「えっ?」


 ディルツとオラクル、両方の警備兵全員が目を点にする。

 思わずポカーンと見送ってしまう男達の前を、つかつかとハイヒールで縦断して、偽ソフィアは馬車に乗り込んだ。車室ではなく、御者台に。

 そこで僕がハッと覚醒し、慌てて手綱を奪い返そうとする。


「そ、ソフィア様いけません、降りてください!」

「おまえのことなどもう知らないわ。ディルツ王都まで歩いて帰るのね。もしくは関所(ここ)で雇ってもらいなさい」

「いやそうじゃなくて、未経験者に馬車の操縦なんて危険――」


 と、叫ぶ僕の声など一切聞かず、貴婦人は思い切り手綱を振り、馬に出立の合図を出した。その勢いはほとんど鞭入れ。馬たちは驚き、前足を上げて大きくいなないた。当然馬車はガックンと揺れ、貴婦人の体が大きく傾いだ。


「きゃ? え――あっ、きゃあああああああ!」

「ソフィア様!」


 そのまま全力で走り出す馬――もちろん行先はオラクル領地。前を塞いでいた警備兵たちも慌てて飛びのき、馬車はオラクルの大地に突っ込んでいく。


「キャああああああ―ブルーノぉおおお助けてぇええええ」


 遠くなっていく貴婦人の悲鳴。

 僕はきっかり三秒、呆然と見送って――。


「ソフィア様あ―っ!」


 主人の名を呼びながら、ダッシュで馬車の後を追った。

 四人の警備兵は、そんな僕を黙って見送ってくれた。呆然と――ではなく、なんというか、「おまえほんと大変だな」という視線で。


 ええまったく、大変ですよ。


 僕は内心思いつつ、適当に走って行った。


 ……やがて、平原の中、少し大きな木の(そば)に停車している馬車と、『ミオ様』を見つけたのは、それほど先ではなかった。


『ミオ様』は、もちろんまだ貴婦人の恰好をしていたけれど、表情が完全にいつものミオ様だった。どこから出したのか、ニンジンを馬に与えていた。

 僕は息を整えながら歩み寄り、少し汗ばんだ馬の肌を撫でた。


「お疲れ様ですミオ様。あんなにガックンガックンなって、首、大丈夫ですか。鞭打ちになってません?」

「大丈夫ですよ」


 自分の首を手刀でトントンしながら、ミオ様はいつもの平坦な口調で答えてくれた。

 僕はヨイショと御者台に上がった。


「そのニンジンだけ食わせたら、もうちょっと進ませましょう。あの関所、見張り台もあったからもし何か気付かれたら見つかりますよ」

「……そうですね」


 ミオ様は頷いたが、車室に入りはしなかった。御者台にいる僕に向かって、手を差し出した。


「……ん、なんです?」

「御者、代わります。あなたは車室でゆっくり休んで、顔の怪我を治療してください」

「大丈夫ですよ。このくらい」


 僕は笑って言った。ミオ様はなぜか不機嫌そうな顔になった。


「結構強く殴りましたよ」

「なんてことないっすよこのぐらい。門番は城の護り手ですから、打たれ強くなくちゃやってられません」


 この間、気絶したくせに――と突っ込まれるかと思ったけど、なぜかミオ様は呆れたように小さく息を吐いただけだった。ハンカチを仕舞いながら、いつもどおりの口調で話す。


「そうですか。ではお礼を言っておきましょう。ご協力ありがとうございました」

「普通こういう時、殴ってすみませんでしたって謝りません?」

「普通こういう時、謝るんじゃなくてありがとうと言ってくれたほうがいいですよと返してくるだろうなと思いまして」

「先回りされたら全然可愛くないですねえ」

「それは何より」


 ミオ様はそう言って、いつの間にか濡らしたハンカチを僕に投げよこしてきた。本当に可愛げの欠片もない人である。


 ……まぁ、それはそれとして、僕がこの旅に同行した意義はあったかな。


 そんなふうに考えながら、僕は手綱を振るった。


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