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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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【閑話 僕も結構役に立ちたい➀】

 


「――あの兵隊たちは、ディルツの王国兵⁉」


 僕の問いに、ミオ様は「しずかに」と口元に指をあてて制した。


「トマス、大きな声を出さないでください。どこで誰が聞いているか分かりません」

「こんな国境近くの平原、僕らの他に誰も来やしませんよ」


 僕はそう言って、一応、アタリを見渡した。

 ディルツからオラクルに繋がる間所の近くである。古今東西どこの国でもそうだと思うが、国境付近は田舎も田舎、何にもないってくらいの平原だった。

 しかも道が悪い。やたらと凸凹(でこぼこ)していてよく揺れる馬車の御者台で、僕は後ろを向いて車室に居るミオ様に話しかけようとした。が、間をつなぐ窓にカーテンがひかれていたので仕方なく、また前を向いて適当にしゃべった。


「たしかに……言われてみれば軍隊らしい、統制の取れた動きでしたね。すごく強かったし」

「はい。門番も失神させられてしまいましたし」

「どうも、ふがいない門番で申し訳ございません」


 僕は素直に謝った。

 ミオ様は別に皮肉のつもりも無かったらしく、珍しく優しい声音で続けた。


「無理もないですよ。あなたは戦士でも騎士でもなく、門番。訓練された兵とまともに戦って勝てるわけがありません」

「……っていうか、あいつらがディルツの軍兵だとしたら、今回の件、ディルツの王家が黒幕ってことに……?」


 僕は恐る恐る訪ねたが、ミオ様は首を振った。


「いえ、それはないでしょう。グラナド商会は大きな国益になっているはずです。ルイフォン様とはもちろんのこと、ロイ国王やリヒャルト殿下も旦那様には友好的ですし、グラナド家を攻撃する理由がありません」

「……じゃあどういうことなんですか」

「あの者どもは『元、軍兵』。今はただの雇われ傭兵でしょう。……王家にゆかりのない人間に、彼らをまとめて雇えるツテなどありませんが」

「さっぱりわけがわかりませんよ……」


 手綱を握ったまま、僕は頭を抱えたくなった。

 今回の事件について、僕も一応、道中で軽く説明を受けてきた。グラナド商会にライバルが現れたこと。彼らは卑劣な手段で旦那様やマリー様、グラナド家の住人に害をなす。その動機は不可思議な所が多くて、ミオ様は彼らに接触した……とまあ、そのようなことを教えられたけれども、やっぱりまだピンと来ていない。なんでこんな事件が起きてしまったのか、だれが何の目的で? もっと言えば、旦那様の商売自体いまいち理解しているとは言い難い。

 首を傾げている僕に、車室のミオ様は優しい声で言ってくれた。


「安心してくださいトマス。私もまだ何も分かっていませんから」

「ミオ様が分からないなら、僕が分かるわけないですねえ」


 僕が安心して呑気なことを言うと、今度は呆れたような声音が飛んでくる。


「まだ分からない、ということと、何も思い当たらないということは違いますよ。あなたも、少し考えてみれば、思い浮かべる人はいるんじゃないですか」

「……いや全然わかりませんけど。その人が、この事件の『黒幕』――ってことですね」


 ミオ様は無言だったけど、車室の中で肯定された気配があった。


「私があの兵達を追いかけているのは、何も奴らをせん滅するためではありません。叩くべきは司令塔――彼らに、グラナド城を攻撃せよと命令した人間。彼らを追っていけば、その『黒幕』に接触できる可能性は高いですから」

「……それで、その『黒幕』を捕まえるんですか。ミオ様が?」


 こくりと頷くミオ様。

 僕はまたまたまたまた首を傾げた。


 ……だって……それはさすがに……越権行為なんじゃないかな、と。


 さっきのミオ様の言い方だと、国王陛下や王子殿下ではないにせよ、王族や上級貴族が絡んでいることは間違いないみたいだし。それを潰すって、すごい大事(おおごと)だぞ。

 しかも向かう先はオラクル、ディルツとはほとんど交流のない、言語も文化も違う国だ。僕もミオ様もオラクル語は話せない。超絶最強無敵侍女のミオ様もさすがに荷が重い……というか、強行すぎやしないだろうか。


 ミオ様は、ただの侍女ではない。旦那様とは幼馴染で、姉弟同然に育ったらしい。だから城主相手とは思えない言動もいつものことだし、絶対侍女の仕事じゃない任務もこなしている。

 だけど……それにしても。なんとなく、ミオ様らしくない気がする。彼女が旦那様の足を踏んだり説教したりするのは、あくまでプライベートに関することで……公務や商会の経営に口出しはしないのだ。そこは主従関係遵守というか、一歩引いて、旦那様の決断に任せているように思う。


 ……あんな大怪我までしたのに。ちょっと、頑張りすぎなんじゃないかな。


 それに戦い方も、なんか彼女らしくないんだよな。正攻法で、スマートで。いつものミオ様だったらもっと……面白おかしく、相手の脇腹をナナメ方向からくすぐり倒して笑い死にさせるような攻撃を……。


「失礼なことを考えないでください」

「人の脳内を読まないでください!」

「言っておきますけど、兵隊とも黒幕とも真正面から戦う気はありませんよ。私も自分の命は惜しいですから」

「ということは、やっぱりこっちは搦め手で……?」

「いいえ。どちらかというと、『ナナメにまっすぐ』って感じですね」

「やっぱりナナメなんじゃないですかぁ!」


 僕が叫ぶと、ミオ様はほんの少しだけ、沈黙した。

 やがて静かに、低い声で答えが返ってくる。


「それが私の役どころですから」


 ……なんだそれ。


 何か説明が続くかと期待したけど、ミオ様は黙ったままだった。

 こういう時、僕は深く追求しない。聞いても大体よく分かんないからね。

 のんびり手綱を繰りながら、前方を眺める。

 いつの間にか山間の関所が目前に迫っている。

 僕はまた車室に向かって呼びかけた。


「そう言えばミオ様、あの関所って、僕たちどうやって抜けるつもりなんです?」


 ディルツとオラクルの国土を分ける高い山、その一部切り崩した関所である。戦後五十年、大陸全土で和平契約が成されているとは言え、国境関所なのだから当然、見張りの警備兵が立っている。

 出国は、指名手配犯とかじゃなければ自由にできるけど、入国にはオラクルが定めた審査基準があるだろう。これも不可能ってわけじゃないだろうけど、相当な理由――たとえば何らか国益のためとか、やんごとなき身分の方の手引きだとか、なんかそういうのが要るはずだ。

 不安になって天を仰ぐ僕。後ろから聞こえるミオ様の声は、やっぱり余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だったけど。


「大丈夫です。この馬車にはグラナド家の紋章が付いていますからね」

「でも、出国のほうはともかくオラクルに入国するのには、これだけでいけるものですかね? 僕らがグラナド城の侍従だっていう証拠、他に何にもないですし」

「証拠ならば、持ってきました。あとは適宜、臨機応変に――ナナメにまっすぐ行きましょう」


 ――と。言いながらミオ様はカーテンを開き、車窓から顔を出した。

 窓越しに見える、彼女の姿に僕はギョッとした。思わず手綱を引いて馬を止め、


「ミっ、ミオ様、その格好は……⁉」

「似合いますか?」

「似合いません‼」


 僕は全力で叫んだ。

 いや客観的には別に、似合っていないってことはなかった。

 炙って熱したコテを使ったのだろう、栗色の長い髪をクルクルに巻き、高い位置で華やかに結い上げている。衣装もいつもの動きやすそうな侍女服ではなく、明るい水色をベースにしたゴージャスなドレスだった。

 まるで貴族の令嬢――いや、貴婦人か? 僕はドレスのことは全然分からないけど、なんとなくシックというか、若い女性向けではない気がする。そういえばメイクも……なんか、実年齢よりも老けて見えるような……。

 『貴婦人』になったミオ様は、本当にそれらしくクスリと上品に微笑むと、手指をクイクイ曲げて僕を招いた。


「トマス、馬を止めてこちらへ。あなたも着替えてください」

「え……僕も何かやらされるんです?」

「もちろん」

「たしか城を出る時、お守りがわりに連れてきただけって言いませんでした?」

「言ってません」


 しれっと答えるミオ様。絶対言ったと思うんだけど。

 とりあえず御者台を降り、ミオ様と交代で車室に入ると、ベンチシートには畳まれた衣装が置いてあった。広げてみると、やはり華やかでフリルがいっぱい着いた男性服である。

 僕はげんなりした。


「えっと……もしかして僕、貴族に化けるんですか?」

「いえ、それはフットマンの衣装ですよ」


 回答をもらってナルホドと納得する。

 フットマンとは、執事の最下級版というか小間使いというか、大した仕事はせず、主人の権威を示すお飾り役のことだ。地位のわりにやたらと衣装がきらびやかなのがその特徴。グラナド城ではそういう立場の者はいないけど、普通の貴族なら必ず数人、このフットマンを雇っているらしい。

 フットマンの美しさは主人の権威になる。当然、服装だけでなく顔や体型も華やかでないといけないんだけど……。

 額に汗しながらも着替え終え、ミオ様の前に出ると、彼女は大真面目な顔をして、上から下まで僕を見た。そしてホッと相好を崩す。


「良かった。ギリギリ許容範囲内です」

「それは何より」


 僕は素直に受け入れた。



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