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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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ダッチマン公爵の憂鬱


「商売の提案?」


 ダッチマン公爵が興味深そうに首を伸ばす。キュロス様は、ずっと床に置いたままだった鞄を持ち上げた。以前、ルハーブ島の島長の前でも開いて見せた、商談用の道具が詰まった大きな鞄だ。そしてそれを開くことなく、静かな声で、ダッチマン公爵に伝えた。


「――ディルツ国王陛下より、ここイルダーナフ島と王太子ライオネル殿下とが、なんらか縁をつないでいたと聞き及んでおります」


 ダッチマン公爵は大きな目をさらに大きく見開いた。

 キュロス様から目をそらすように俯いて、背中を丸めてしまう。

 そのまま数秒間の沈黙を経てから、震える声で、やっと頷いた。


「……ああ。……そう、です。その通りです」

「どういったご縁だったのか、お互いにどんな利があって結ばれたのかは存じ上げません。しかしできれば私、グラナド公爵家および我が商会が、それを引き継がせていただきたく参上いたしました」


 ダッチマン公爵は顔を上げた。


「貴公が引き継ぐ?」

「ええ、まずはこちらをどうぞ、ご覧ください」


 キュロス様は鞄を膝に載せ、公爵の眼前でバカっと開いて見せた。

 中を覗き込んだ公爵が、不思議そうな顔をする。


「それは――なんですか? オモチャ?」

「現在、ディルツで開発中の最新機関車、その模型サンプルです」


 キュロス様はそう言って、ブリキで出来た、からくり玩具をテーブルに置いた。

 そう――これはあの、馬車の玩具を買った店に問い合わせ、その職人を訪ねて作らせたもの。突貫とは思えないほど精巧に、完璧に出来ている。


「機関車……とは。馬車とも船とも違う、車の類のようですが」

「はい、平たく言えば動力付きの車両です。馬でも人でもない、蒸気の力で鉄道(レール)上を走らせます。この模型は千分の一スケールで、現物は人間を百人乗せ、時速十キロほどで走ります。二十年後にはそれを三倍にし、国中に走らせるよう研究が進んでいるところです」

「なんと……ほお、これはすごい」


 公爵はキュロス様に許可を取ってから、玩具の模型を手に取り、あちこちひっくり返して観察した。最初はただの興味本位で眺めているだけだったのが、途中で目が輝き、やがて打算的な商人の顔つきへ変わっていく。そして最後に真剣な、領主の表情になった。


「素晴らしい、こんなものが現実に? すでに実動できるほど研究が進んでいるというのか⁉」


 キュロス様は無言で頷く。ダッチマン公爵は、いよいよ言葉を失っていた。 

 わたしは、キュロス様の横で首をかしげていた。


 ……ん? 公爵は一体、何を驚いているのだろう。


 蒸気を動力にした車、鉄道の整備は、数十年前からディルツで実動しているのに。科学と学術の国オラクルの公爵が、なぜこんな反応を?

 わたしはしばらく考え込んで……「あっそうか」と納得した。


 ディルツ国民としては当たり前、身近な生活圏にある技術だけど、オラクルにはまだ無かったんだ! 得意分野――もっと言えば、国の成り立ちと在り方が違うから……!


 ディルツ王国は、実はとても新しい国だ。二百年前、戦前にはまだ各地に豪族が散らばって暮らしていただけで、国土という概念も無く、国境も無く、広大な土地の統治者というものはいなかった。それでもいっとう強く、広い土地を治めていたのがディルツ家――今の王家の先祖であった。

 隣の大国フラリアは、ディルツを跨いで南に位置するスフェイン国と戦っていた。街も畑も無い広大な土地を縦断すると軍は消耗する。また、貧しく小さな村を支配したとて、フラリアの軍を養えるほどのたくわえが無い。そこでフラリアはディルツ家に建国の王となるよう呼び掛けた。自身が代表として各地の豪族をまとめ、国となるようにと。そして村を豊かな街に育て、やがては軍事力を持ち、世界大戦に参加するように。そのための建国ノウハウ、農産科学は惜しみなく与える――と。

 そうしてディルツ家は神聖ディルツ帝国という仰々しい名前を冠し、各地の豪族を支配していった。従えば国領とし、反すれば戦って支配した。同時に治水も劇的に進んだ。荒地は整地され、運河を拓き、街はどんどん拡大していった。

 やがて世界大戦が終戦し、国土を拡げる必要もなくなったころ、ディルツ家の一族は永遠にこの国を統治すると宣言し、帝国は王国と名を変えた。これがディルツ王国の始まり――つまりディルツという国は二百年間、ひたすら土木と治水工事に邁進して来たのである。

 これは、普通ではない。たとえばフラリアは千年以上の歴史を持ち、それを『守る』政治をし続けている。異国を侵略したとしても、自国土を拡げるのではなく、ただその植民地として支配下に置くという考え方だ。スフェイン、そしてオラクルも同じ。

 そのため、『移動力』の向上において、ディルツの科学力は飛びぬけて優秀なのだった。


 キュロス様の顔とブリキの玩具を交互に見つめて、戦慄いているダッチマン公爵。


「……たしかに、その鉄道を長くのばせば、オラクルとディルツ王都との行き来は容易になる。両者間での交易も、劇的に活性化するでしょうな……」

「ええ、その通り。しかし――」


 キュロス様は一度頷いてから、首を振る。そして穏やかに微笑んだ。


「今回、貴殿にお話したいのは、そんな数十年後の革命ではありません。もっと直近で、この島の民の生活をちょっと良い物にする……そんな話ですよ」

「……といいますと?」

「先ほど申し上げました通り、人間百人分の積載量、時速十キロ程度ならばすでに実用されています。悪路に鉄道を敷くのも。これを、イルダーナフ島に敷き詰めたい。そうすれば鉱山の採掘物を、販路に乗せることができますから」


 公爵は息を呑んだ。


「なるほど。自走トロッコの開発、ということですか」

「はい。……ディルツ国領にはめぼしい鉱山はありませんからね。鉄をたくさん掘り出して、たくさん輸出してくださると、我が国としてはたいへん喜ばしいのです」

「……なるほど……」

「もちろん、採掘した資源はそれなりの値段で買い取ります。我が商会と、イルダーナフ領、双方に十分な利益が出るように。ライオネル殿下以上の厚遇をお約束しますよ」


 そう――これが、貿易商キュロス・グラナドからの提案。今回、『用意した商談』だった。

 もちろん、わたし達の訪問の目的は、この商談ではない。イルダーナフ領とライオネルの縁を奪い取ることで、島の探索を容易にすること。そしてハドウェル・デッケンからの「たすけて」のメッセージ、その真意を確かめるため。そしてグラナド商会が常時行っている貿易の、トラブル解決のためだった。

 ティーカップで口元を隠しながら、恐る恐る、ダッチマン公爵の表情を見る。


 ……良かった。不自然に思われてはいないみたい。それどころか、断られること前提の提案にかなり乗り気になってくれたようだった。目の中の表情がくるくると変わって――。

 ふと、力なく微笑した。


「うん……話は、承知した。双方にとって良い提案だと思う。前向きに検討させていただきます」

「……ありがとうございます。ぜひよろしく」

「ああ、よろしく。……実現するかどうかはさておいて、キュロス殿とは、これから仲良くやっていきたいのでな……」


 キュロス様と仲良く――その意味が、甘味好き同士友達になりたい、ということでないのは明白だった。含みのある微笑みに、キュロス様も敏感に察した。

 ブリキの玩具と書類を片付け、鞄を床に置いてから、静かに問う。


「良ければ、お聞かせ願えませんか。ライオネル殿下とのご縁のことを」


 ダッチマン公爵の目は揺れない。きっとこれを聞かれることを察していたのだろう。ただ静かに呟いた。


「……ライオネル、か……」

「ええ。これから貴公と良き信頼関係を築いていくため、聞いておきたい。彼が何を期待して、このイルダーナフ島と縁を繋いだのか。逆にあなたがたは、彼に何を求めたのか」


 わたしは思わず息を呑み、滲んだ汗をこっそり拭った。


 ここからが本題。この答えによって、このダッチマン家が敵か味方かがわかるのだ。

 空気が緊張していく。

 しかし、ダッチマン公爵の反応は、予想よりもずっと穏やかだった。

 自嘲気味に苦笑して、溜め息みたいな声で言った。


「そんな、大仰なもんじゃない。ひとりの娘が愛された――ただそれだけの話なのですよ。父親と、異国の王子に」


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