恨みの終わり
ジェイスとカズミは、あの爆発をなんとか生き延びていた。
カズミは負傷者にかかりきりでそもそも広場に出ていなかったので難を逃れたが、ジェイスは完全に幸運だったとしか言いようがない。前にいた人々が盾となり、爆発の衝撃波や破片を防いだのだ。その代わり、彼等の血肉をジェイスはもろに浴びる。もっとも、死ぬよりマシだが。
「痛ぇ……」
四肢のもげた海兵の死体を押しのけ、上体を起こす。顔面に付いた血も拭う。イサカ散弾銃を探すも、何処かにいってしまったようで見つからない。もっとも、周囲は死体や肉片が散らばり、死にかけの者が呻きながら蠢く地獄と化しており注意深く探す気にはなれない。
ホルスターからGIコルトを抜き、安全装置を解除する。そして痛む身体を動かし、フラフラと広場へ出る。五体満足の海兵がまだ生きている者を集め、応急手当を施していた。
一人の海兵が血塗れのジェイスに気が付き、駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
相変わらず耳鳴りは酷かったが、声は辛うじて聞き取れた。
「……俺の血じゃない。向こうのトンネルにも、負傷者がいる。頼めるか」
「はい。……貴方は?」
「ケリをつけてくる」
「は?」
唖然とする海兵の肩を叩き、ジェイスはいるはずのカズミを探す。彼女は丁度、広場に出てきたところであった。
「ジェイスさん!」
「こっちだ!」
カズミは血まみれのジェイスを見て驚いたが、彼の血ではないことに気が付くと張った気を少し緩めた。
「大丈夫ですか?」
「身体中が痛い。……アイツ等、自爆しやがった」
カズミは周囲を見回し、惨状を改めて確認する。眼を背けたくなるような光景だ。
「米兵を殺せれば、復讐できれば、なんでもいいってことなんだろうな」
ジェイスの言葉に呆れと怒気が滲む。
「……ですね」
これこそ二人が危惧し、防ごうとしていた行為だ。恨みつらみを残し、自分は死に逃げする。
これで首謀者の老人にまで自爆されたら、ジェイス達の決意と行動は無駄になってしまう。キチンと清算させなければ、行き場の無い怒りと復讐心が再び沖縄を満たすことになる。
二人はこの場を海兵隊へ任せ、最深部、指揮所へと通じるトンネルへと足を進めた。
指揮所は想像よりも狭かった。四坪程度の広さで、家具は机と椅子が一脚。机に置かれたランタンが唯一の光源だ。
そしてその椅子には老人――ハジメが座っていた。老人はジェイスとカズミの姿を認めると驚いたように目を見開いた。
「また、いったーが(また、お前達か)」
カズミが翻訳し、ジェイスが口が開く。
「悪かったな、俺達で」
ボディーアーマーのポケットに仕舞い込んだ手錠を取り出す。
「アンタを逮捕する。内乱罪と暴動誘発の罪だ」
GIコルトを右手に、手錠を左手にジェイスは老人へ歩み寄る。
「アメリカーんかいワシらぬちむぐくるんでー、分かえーさん(アメリカ人にワシらの気持ちなど、分かりはしない)」
そう吐き捨てるハジメの眼は怒りに燃えていた。ジェイスの目もまた、燃えていた。
「……分かるさ。俺達も二十五年前の戦争には、因縁がある」
「因縁? アメリカーぬ?(因縁? アメリカ人が?)」
ハジメはジェイスの言葉を鼻で笑った。信じていない、というより信じられないのだろう。全てを奪っていったアメリカ人もまた人間であり、戦争が彼等も傷つけていたことを。
「ああ……戦争で辛い目を見たのは、アンタ等だけじゃない。この島にも沢山いたはずだ」
ハジメの笑みが固まった。
「けど、その人達全員がお前達の仲間になったか? なってないだろ。辛かろうが堪えている人はいるんだ。……日本人、アメリカ人関係なくな」
ハジメの顔から表情が消え、顔色がみるみる青白くなっていく。
「うぅるはじさ。やしが、ちゃーすがー結局うぬ個人ぬ判断んかいゆいん。わったーや復讐ぬ道いらだん。ただうっぴ(いるだろうさ。だが、どうするかは結局その個人の判断による。俺達は復讐の道を選んだ。ただそれだけだ)」
次に出てきた言葉は、やけに早口であった。まるで、復讐の道を選んだ自身の後ろめたさを誤魔化しているようだ。
「個人の判断か。……じゃあ、復讐しなかった奴も、個人の判断じゃないのか。自分達のことは自由意思だと嘯いておきながら、他人の自由意思を邪魔する。アメリカ人だけ攻撃してたなら、まだ二十五年前の復讐だと筋が通ったかもしれない。だが、お前達は何の関係も無い、むしろ仲間とも言える日本人達も殺した。復讐だとしても筋が通らん」
「………………」
ハジメはとうとう、黙り込んでしまう。そこに追い打ちをかけるように、今度はカズミが口を開く。
「……妬ましかったんでしょ。他の人達が」
彼女の目は何処か昔を見ている目つきであった。
「いつまでも過去に囚われている自分達と、幸せそうに生きてる他の人間を比べて、惨めになったんでしょ。周りが同じように苦しんだはずの人ばかりだからこそ、より妬ましく感じたんでしょ」
図星だったのか、ハジメは震えだす。
「黙れー……」
「どうにかしたくとも、どうにも出来ないから、全部を帳消しにしようと、復讐でお題目掲げて、全部壊そうとしたんじゃないですか?」
カズミの言葉は妙な説得力があった。彼女自身、己の血統という抗いようのない過去を持っている。それこそ、口にしたような思いを持ったことがあったのだろう。
「黙れー」
「幸せそうに生きてる人だって与り知らぬところで苦しんでるかもしれない、そんなことも考えず、自分勝手な理由で暴れた。挙句、自分達だけ勝手に死んで後は知らんぷり。……貴方達が恨んだ、二十五年前の兵士よりもタチが悪いわ」
その瞬間、ハジメの手が跳ね上がる。そこには二十六年式拳銃が握られていた。カズミのM16とジェイスのGIコルトが同時に咆える。
5.56ミリ弾がハジメの腕を貫き、四十五口径弾が拳銃を弾き飛ばす。
「ぎゃっ!」
右腕を押さえ、ハジメは床を転がる。ジェイスは自身の拳銃をホルスターへ仕舞い、今度は止血帯を取り出した。
「……暴れる気持ちは分かる。けど、やりすぎた。一線を越えた以上、憲兵がやることは一つしかないんだ」
ハジメの右腕の付け根を止血帯で縛ると、ジェイスはハジメに手錠を掛けた。




