またいつか
逮捕されたハジメの身柄は、一時的に東京拘置所へ置かれることになった。
荒廃している沖縄では、安全に拘置出来ないという事情からだ。逮捕したのは憲兵であるジェイスだが、ハジメは民間人だ。それに、この騒動は戦争ではないので戦犯扱いには出来ない。なので、軍事裁判に掛けて軍事刑務所へ送ることは不可能だ。
事が重大なため、琉球民裁判所を越えて米国民政府裁判所で裁判が行われるらしいが、裁判所そのものが爆撃で崩壊してしまっているため裁判が行われるのは、まだ先のことだ。
しかし、騒動はこれで一先ずのケリが付く。
ポツリポツリと残っていた暴徒も米軍に追われ、投降するか自決するかした。
ハジメの逮捕から三日後、沖縄本島は久方ぶりの平穏を取り戻したのだった。
逮捕から一週間後。那覇市街。
ブルドーザーで片付けた道路を、一台のキャデラックが進んでいる。ハンドルを握るのはカズミ、後部座席にはジェイスとトラウトマンが座っている。
沖縄での事が済み、二人はアメリカ本土へ帰ろうとしていた。ジェイス一人ならジープで事足りるが、流石に大佐のトラウトマンを送るのにそれでは不作法だと憲兵隊の隊長が車庫からキャデラックを引っ張り出してきたのだ。
男二人は揃って窓の外を眺めている。物珍し気な視線の先には茶色と緑色の二色迷彩に塗られたブルドーザーやショベルカーが瓦礫を片付けていた。それらは米軍の物ではない。日本陸上自衛隊の物である。動かしている者も、自衛隊員だ。
「日本政府によるテコ入れの一環だね」
トラウトマンは冷静な口調で言う。
「この混乱を機に、日本は沖縄関係のゴタゴタを一気に解決する腹積もりだよ。おそらく、年内には沖縄も返還される。今頃、ワシントンはてんてこ舞いだ」
「大変ですね」
「ある筋の話だと、日本の商社が資本注入の準備を整えているらしい。日本はこの騒ぎに一から十まで関係無いんだから、気楽なものさ」
トラウトマンは皮肉ったような羨ましいような、何とも言えない顔をしている。
「対してこっちは酷いものさ。返還を機に米軍基地は必要最低限まで減らされるだろうし、ベトナムも勝ち目は薄いところ、沖縄がこのザマじゃ負けたも同然。ただでさえ軍への反発が強まってる中、二十五年前から今までの無法を掘り返され、世論は軍へのパッシングに沸き立ってる」
自分で言っていて嫌になったのか、トラウトマンはなげやりに背もたれへ上半身を放りだした。
「我が国は……建国以来初めての決定的な敗北を味わうことになる。同時に、今まで放置していたツケも一気に払うことになる。それがどのように作用するか、見当もつかない。もっとも、ついたとしてもどうしようもないが」
トラウトマンの顔に影が差す。彼は人生のほとんどを軍を延いては米国に捧げてきた人間だ。色々と思うところがあるのだろう。
しかし、ジェイスはあっけらかんとしていた。どうでもいい、というよりどうにかなるだろうという楽観的な見方をしているからだ。
落ち込んでいても仕方がないという現実的な考えと、自分のやれることをやったのだから後は待つしかないという思考が合わさった末の見方だ。
悩もうが悔やもうが、人間は前に進むしかないのだから。そう思って、ジェイスとカズミは動いてきたのだ。悩んでいては、自分の考えすら守れない情けない奴になってしまう。
だからこそジェイスは、努めて明るい顔をして。
「どうにかなりますよ、きっと」
そう口にした。
キャデラックは那覇空港のロータリーへ到着した。空港は今、民間航空会社の運航を停止しており、軍だけが使用していた。
ロータリーはガランとしており、キャデラック一台しか停まっていない。周りの荒れ具合を見れば、さもありなんであるが。初めて来た時の賑やかさを思うと寂しく感じるも、仕方がないとジェイスは飲み込んだ。
トラウトマンは運転したカズミへ礼を一言告げて、さっさとターミナルの方へ入ってしまう。彼女はそれに苦笑を浮かべて小さくなる背中を見届ける。
ジェイスはカズミからトランクを受け取っても、すぐには動かなかった。
「……約束、覚えてるかい?」
うってかわってカズミは微笑みを浮かべ、頷く。
「覚えてます。ハンティング、楽しみにしてますから」
「ああ、楽しみにしておいてくれ」
会話は長く続かず、ここで止まってしまう。お互いに恥ずかしく、中学生でもあるまいに顔を合わせられなくなる。何か言わないとと、ジェイスは何とか言葉を絞り出す。
「……手紙、そう、手紙を書くよ。向こうに帰って、落ち着いたら」
「待ってます。手紙が来たら、私も返事書きますから」
「楽しみにしとく」
やはり、会話は続かない。しかし、これはこれでいいのかもしれないと二人は思っていた。今生の別れではなく、また会える日がきっと来るのだから。
「グッドスピード軍曹!」
トラウトマンがジェイスを急かす。無粋だと思うも、やはり高位階級の者には逆らえない。
「じゃあ、また。カズミ」
「はい。ジェイスさん」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、二人はまたそれぞれの道へと歩いていく。
暦の上ではそろそろ、八月になろうとしていた。空は済んだ青色をし、雲一つなかった。
<仇討の島 完>




