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仇討の島  作者: タヌキ
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決意と甘いコーヒー

 各基地の治安は海兵隊を追う形でやってきた、応援の憲兵が投入されることでかなり落ち着いてきた。

 問題といえば、それで今まで逃げ回っていた犯罪者も捕まるようになりただでさえパンク状態な営倉が、満員電車もかくやの密集具合になっていることだろう。

 それに対し、憲兵隊の会議室はずいぶんとスッキリしていた。それなりに広い部屋にジェイスとカズミの二人しかいないのだから。トラウトマンは高等弁務官兼陸軍司令官代理の中将へ会いに、中将がいるキャンプ・コトニーに出かけていた。

 工兵が設置した野外照明が点々と光る窓の外を眺めながら、二人はコーヒーを啜っていた。砂糖をたっぷりと溶かし込んでおり、ぎっとりと甘い。こだわるタイプの人間が見たら憤慨しそうな代物を、二人は美味そうに飲んでいる。鼻に付いた死臭はだいぶ薄れており、コーヒーの芳香を感じられる。

 大変な一日の終わり。ささやかなブレイクタイムを満喫しているはず、であったが二人の顔は冴えない。理由は一つしかなかった。


「……ジェイスさん」

「……ああ」


 二人が背にしている机には、何枚もの写真があった。南袢島住民の顔写真だ。

 ブレイクタイムを楽しんでいたところ、グリーンベレー隊員がやってきて確認を求めてきたのだ。写真の中にあの老人の顔はなかった。それが意味することはただ一つ、老人の生存だ。人知れず死んでいる可能性もあるが、二人は老人の生命力を悪い意味で信頼していた。

 老人はまだ生きている。話に聞いた、与那覇岳のガマでまだ復讐の炎を燃やしていると信じていた。


「……私達、どうすればいいんでしょうね」


 カズミの目には迷いがあった。ジェイスは彼女の言葉に返さず、冷めてしまったコーヒーを啜った。冷めた分、甘味が強調されている。言葉を返さなかったのは、彼女が考えていることと自分が考えていることが同じだと察していたからだ。

 どうすればいいか。一番簡単で楽なのは、ほうっておくことだ。そうすれば、海兵隊がガマを掃討してくれる。あとで死体の写真を確認すればいいだけだ。

 しかし、それでいいのかという疑問がジェイスの胸に去来する。本当にそれでいいのか、カタがついたと言えるのか。いや、言えないと彼は心の中で即答する。

 それではあの老人の勝ちではないか。暴れるだけ暴れて、最後は殺されて、はいさようなら。

 これでは復讐をやったもの勝ちだと、この世に広めることになる。死ねば現世のことなど知ったことではない。ではやった方がいい。そんなことを考える奴が出てくるだろう。

 それをジェイスは、憲兵である以前に人間として見過ごせなかった。そして、それを防ぐことが出来るのはこの世に自分とカズミだけだとも思っていた。あの老人の復讐心を、唯一真正面から受け止めた者だからだ。

 腹を決めたジェイスの目に決意が宿る。その決意を窺ったカズミは、何処か安心したようにフッと息を吐いた。二、三まばたきした彼女の目にも決意が宿る。


「……やっぱり、あの人を逮捕しなきゃ、終わりとは言えませんからね」

「ああ」

「それに、私達だから、やる意味があると思うんです」

「あの老人に会ったのは、俺達だけだからな」

「それもありますけど……それだけじゃありません」

「……と、いうと?」

「私達は、戦争で傷を負った者同士ですから」

「……ああ」


 カズミが言ったことは、ジェイスが見逃していたことであった。

 二人揃って、二十五年前の大戦には因縁がある。それも、人生を左右するレベルのだ。何かが違っていたら、二人共、あの老人のように日本人を憎悪していてもおかしくなかった。そして、逆に言えば老人もジェイス達のように思うことはあっても、復讐に人生を捧げることはなかったかもしれないのだ。

 無論、戦争に勝った側と負けた側という違いはある。負けた側が勝った方を恨むのは決して筋違いではない。しかし、負けた側でも復讐せずに毎日を懸命に生きる人は沢山いる。それこそ、沖縄にもだ。むしろそれが大多数だろう。

 そういった背景を加味した上で、カズミは老人を逮捕しようと言っているのだ。


「そうだな。だったら尚更、俺達が逮捕しなきゃいけないな」

「ええ」


 二人は微笑み合い、揃ってコーヒーを啜った。やはり、コーヒーは甘かった。

 またしばらく窓の外を眺めていた二人であったが、ジェイスがカズミへ探るような眼差しを一瞬向けた後、口を開く。


「なぁ、カズミ」

「はい?」

「この件が全部片付いて、色々と落ち着いたら……」

「落ち着いたら?」

「テキサスへ遊びに来ないか」


 唐突な提案にカズミは目を丸くした。


「テキサスに、ですか?」

「ああ。お前さん、いつだか、銃を精進したいとか言ってただろ」

「ええ……言いました」

「射撃訓練場で的撃ちも良いが、やっぱり、銃ってのは動いている標的を狙ってナンボだ。だから、ハンティングをやると銃の腕が自然と鍛えられる。俺がそうだ。エスコートするから、やらないか?」


 カズミは迷っている。だが、誘いを迷惑だとは思っていないようだ。


「でも……私、ハンティングなんてやったことないし、山登りの経験も無いですよ」

「大丈夫だ。ハンティングつっても、やるのは俺の叔父の畑だ。トウモロコシ農家やっててな、夜にイノシシやシカなんかが食い荒らしにやってくるから、そこを撃つんだ」


 シティーガールであるカズミは、ジェイスの言葉に興味がそそられた。それを感じ取ったジェイスはもうひと押しと言葉を続ける。


「あと、義理の兄……姉貴の旦那が銃砲店やっててな。頼めば、いろんなライフルやら散弾銃を撃たせてくれる。弾代も親戚価格でだいぶ安くしてくるから、バカスカ撃っても、財布は然程痛まない。……勿論、誘ったからにはそういう金は俺が出す」


 カズミははにかみながらも、ジェイスの誘いに乗った。


「なら、尚更、今回のこの件、ちゃんとケリをつけないといけないですね」

「だな」


 ジェイスは年甲斐も柄にもなく、ドキドキするのを感じていた。それを誤魔化すために、彼はコーヒーをがぶりと一口飲んだ。何回飲んでも、コーヒーは甘かった。

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