そう簡単にくたばるか
沖縄本島北部。
ベトナムでの教訓か、山林地帯はナパーム弾を用いて念入りに爆撃されていた。立ったまま燃えて黒焦げになった木々が雨粒を受けて、ブスブスと音を立てている。
そんな哀れな木々の間を、防水布で出来たポンチョを羽織った人影が十数蠢いていた。キャンプ・フジから呼び戻された海兵隊員達だ。一個大隊を一個小隊ずつ分け、山狩りの要領で横一列になりながら各地の山を登っている。山に逃げ込んだ連中を狩るためだ。
「おっ……」
一人の海兵隊員が、黒焦げの死体を見つける。木の上に隠れていたところ、ナパームで焼かれたのだろう。そばにはスクラップになった九九式狙撃銃が転がっている。そんな死体が山肌に十数個転々とあった。
しかし死体に騒ぐことも驚くこともなく、海兵隊員達は淡々と斜面を登っていく。そして、彼等は見つけた。
もはや擬装の意味を成していない焼けたゴザで隠された入口。そこからガマへと続いている。
「小隊、集合!」
海兵達はガマの中へ持っていた発煙手榴弾や催涙手榴弾を安全ピンを抜くや、次々と投げ入れる。
「離れろ!」
銃を腰だめで構え、待ち構える海兵達。もうもうと煙が立つガマから悲鳴と雄叫びが聞こえてくる。その声は次第に近づいてきて、男が五人ばかり飛び出してくる。催涙ガスのせいで、彼等の顔面は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。外に出た彼等は喉を焼かんばかりの刺激に喘ぎながら、ナパーム混じりの焦げ臭い空気を吸い込む。
「オトナシクシロ! コウフクシロ!」
日本語の分かる海兵が片言ながら投降を促す。ガマから出てきた男達は武器を中に置いてきたようで、手ぶらだった。それで十数ものM16の銃口を突きつけられれば投降するだろうと、海兵達は思っていた。
しかし、その考えは簡単に裏切られる。
涙で前もロクに認識出来ていないのに、男達は腕を振り回して海兵達へ襲い掛かる。
男の一人が海兵の持つM16の銃身を掴んだ瞬間。銃声が十・二十と重なる。
沖縄での戦闘が初めてであるこの海兵達は、敵の練度に恐れおののいた。国に忠誠を誓い、厳しい訓練に耐え、ベトナムで数々の修羅場を経験してきた彼等であるが、流石のベトコンも素手で向かってはこなかった。そこまでして抗うか、というのが彼等の正直な気持ちである。
こうして小さなガマを制圧しながら山を登る海兵達であったが、そんな折、沖縄本島で一番高い与那覇岳を登っていたある小隊が、大きなガマを発見した。
そのガマは見るからに深く、発煙手榴弾や催涙ガスで燻りだそうとしてもガスが奥まで届きそうにない。なので、直接潜って制圧しなければならない。
深さと大きさからして多数の敵が潜んでいることが予想されるので、それなりの準備を整える必要がある。ガマを見つけた小隊は報告だけ行い、山狩りを再開した。
キャンプ・フジから呼び戻された海兵隊は二個大隊。一個大隊は北部で山狩りを行う中、残るもう一個大隊は、南部の市街地で敵の掃討を行っていた。
しかし、市街地の敵は度重なるF-4戦闘機による爆撃でそのほとんどが吹き飛ばされたか、瓦礫の下敷きになっており、掃討といっても大した戦闘は起こらなかった。生き残りが散発的に撃ってくるぐらいで、それもM16に装着したM203擲弾発射機を用いて榴弾を一発放ればカタがつく。
海兵隊が到着したその日のうちに那覇市街は、完全制圧となった。
翌日。
ジェイスとカズミは瓦礫の山と化した那覇市街へ呼び出された。原型を留めた死体の中から、首謀者である老人を見つけるためだ。
老人の死体が道路にズラリと並べられているのを見て、二人の顔は引きつった。
「これ、全部確認するんですか?」
「はい」
二人を呼び出した将校が頷く。
「リーダーが生きているとなれば、敵に復活の余地を与えてしまいます。相手が国家じゃない思想を共有して動く組織とならば、尚更です。それに、リーダーが死んだことが確認出来れば、まだ抵抗を続ける連中に揺さぶりをかけることも出来る」
「……なるほど」
ジェイスの視線が将校から死体の列へ動く。
明け方まで降った雨を吸い、死体は濡れていた。そして七月の熱気を受けて腐敗が始まっており、中にはガスで全身が気色悪く膨れ上がっているモノもあった。ハエがたかり、ウジ虫が這ってる。
当然ながら臭いも酷い。死体の腐敗臭というのは、単純に肉が腐った臭いとも違う。どちらかというと、魚介類が腐った臭いに似ている。
否応なしにこみ上げてくる吐き気を堪え、鼻が曲がりそうになりながらも、ジェイスとカズミは死体を一体、一体確かめていった。確かめている最中も、瓦礫の中から発掘された死体がどんどんと追加されていく。その度に、二人は顔をしかめた。
そこまでの苦労をしながらも、結局お目当ての死体は並べられた中にはなかった。
無いということはつまり、死体が原型を留めてないが故に発見されなかったか、まだ何処かで生きているかの二択だ。ジェイスとカズミの選択は後者だ。あの老人がそう簡単に死ぬ訳がないと、二人はそう考えていた。




