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仇討の島  作者: タヌキ
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パクス・アメリカーナの罪

 カズミが避難民の整理に駆り出されている一方。ジェイスは会議室で紫煙を燻らせていた。

 午前中のトラブル対処を終え、今は昼休憩の真っ最中である。

 煙を吐き出し、ふと黒板に記された捜査記録に目が移る。たった三日前のことだと言うのに、酷く遠い昔のことのように思える。

 となれば、テキサスを出たのはいったいいつのことになってしまうのか。思い返すと彼は急にテキサスが懐かしくなった。

 あのごじんまりした部屋が、仕事終わりに飲む牛乳の味が、休暇に弄る銃の冷たい手触りが。

 帰りたいのは事実であったが、まだやり残したことがある。

 首謀者である老人――ハジメの逮捕だ。彼を逮捕し裁きの場へ差し出さなければ、この騒動は完全に終わったとは言えない。

 ここまで考え、ジェイスは煙草の先に溜まった灰を落とした。すると、別の思いが湧いてきた。

 本当にそれで終わりになるだろうか、という思いが。

 いつぞやのカズミの声がリフレインする。


『あまりにも大きい騒ぎです。何かしら大きな影響を残すでしょう。土地は無論、人の心にも』


 確かに、今回の騒動はあまりにも大きくなり過ぎた。行動自体は先鋭化の末だが、思想自体は復讐とそうトンチキなものではない。感化される者は出てくるだろう。

 ここまで大きな規模にはならないだろうが、小規模なテロが多発するのは容易に想像出来る。

 しかし、ジェイスにとってここはそもそも管轄外であり、憲兵に出来ることもたかが知れている。

 何とも言えない無力感に苛まれたジェイスは、溜息をついて煙草を灰皿へ押し付けた。

 彼の顔が曇る中、会議室のドアがノックされる。


「はい」


 ノックしたのは電話番をしていた憲兵であった。


「グッドスピード軍曹、お客様です」

「客?」


 テキサスならいざ知らず、ここで訪ねてくるような客にジェイスは心当たりがなかった。

 電話番はそそくさとドアの前から退くと、後ろにひかえていた人物が姿を現す。


「やぁ、久しく」

「……貴方は!」


 それはジェイスを沖縄へ送り込んだ張本人、トラウトマンであった。ジェイスは慌てて立ち上がり、敬礼をする。


「お久しぶりです、大佐」

「ああ、そう気遣わんでいいよ」


 トラウトマンはジェイスの向かいにある椅子に腰かける。


「沖縄が大変なことになったと聞いて、居ても立っても居られなくなってね。岩国から海兵隊の輸送機に同乗させてもらった」

「なるほど」

「……本当に、大変なことが起きているようだね」

「……ええ」


 ジェイスは窓の外をちらりと見た。市街地の方は崩壊した建物から出た埃で煙っぽくなっている。輸送機との兼ね合いか、戦闘機は飛んでいない。そのせいか、ここしばらくではかなり静かだ。

 トラウトマンはジェイスの顔を正面から見据え、口を開いた。


「よければ、何があったか詳しく聞かせてくれないかい?」


 ジェイスは無礼だと分かりつつも、煙草を咥えて火を点けた。吸わずにはいられなかったのだ。トラウトマンは動揺せず、ジッと彼の顔を見つめている。


「長くなります」

「構わないよ」


 煙を吐き出してから、ジェイスは淡々と語りだした。

 話は、ヤクザを壊滅させた時まで遡る。そこから島の調査を始め、南袢島へと辿り着く。島のガマに麻薬工場があり、そこで住民から襲撃を受けた。命からがら逃げ延びたと思えば、その晩に住民達が蜂起した。敗走と膠着、空母到着からの反転攻勢。

 これまでの長い語りの間にジェイスは煙草を二本、灰にしていた。


「……復讐、か」


 トラウトマンは重たい口調で、刻み込むように言った。欧州戦線とはいえ第二次大戦に従軍した身からか、思うところがあるようだ。


「家族を奪い、故郷を穢した、アメリカ人が大きい顔をしてるのは、愉快ではないだろうな」

「………………」

「『勝者は全てを手に入れる』と言うものだが、その傲慢の末が、この騒動だと思うと……アメリカ人としては、恥ずかしいような虚しいような」

「……結局、何を、どうすればよかったんでしょうね」


 ジェイスの問いにトラウトマンは考え込んだものの、しばらくしてかぶりを振った。


「分からん。分かったとしても、我々にはどうしようもない。……無責任かもしれないが」

 ここでいくら論じようと、所詮二人は一介の二等軍曹と大佐に過ぎない。無責任というより、そもそも責任を負うような立場にいないのである。

 トラウトマンはそこから目を背けるように、咳払いをして話題を変えた。


「……しかし、これからは大変だ。沖縄がこうなった以上、韓国や西ドイツでも同様の騒ぎが起きる可能性を考えなければならない。東側の諜報工作にもだ。下手をすると、アメリカの対外関係は二次大戦直後に逆戻りしかねん」

「それに、ベトナムも……」


 後方基地の沖縄がこの有様では、ベトナムに展開している部隊への兵站供給もままならない。

 兵站をもって戦場を制してきた米軍であるのに、現在進行形で全世界に醜態を晒そうとしている。全ては、自分達が蒔いた種であるが。


「負けるだろうな。この分では……」


 すると、トラウトマンは自嘲するように口の端を吊り上げた。


「いい機会かもしれん。戦後二十五年、膨らまし続けてきたパクス・アメリカーナという幻想を顧みるには。繁栄という光だけを見て、その陰にある不満や恨みから目を背けてきた罰……いや、ツケと言うべきかな。アメリカがそれを払う時がやってきたんだ」


 トラウトマンは再び、ジェイスを見据える。


「そうは思わないかね、グッドスピード軍曹」

 ジェイスはトラウトマンの言葉に何とも言えない顔をしながらも、首肯した。

 窓の外では黒い雲が発達し、島を覆わんとしていた。一雨降るようだ。

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