トラブル
翌日。
嘉手納基地の滑走路が復旧した。
復旧するや、輸送機が大挙として飛んできた。フル武装の海兵隊員が降り、空になった輸送機へ本土へ避難する民間人を乗せる。
憲兵が殺到する避難民を整理し、列を作るよう仕切っていた。その憲兵の中にカズミがいた。日本語と英語の両方が使えるということで駆り出されたのだ。
避難民には、米国人と日本人の両方がいる。
「慌てないでください! ゆっくり進んでください!」
拡声器を手に誘導するカズミ。額に滲む汗を拭い、カンカン照りの太陽を恨む。
時刻は十二時近い。一日で最も暑くなる頃だ。
(一雨降ってくれないかな)
心の中でカズミはそう願う。
暑さにウンザリしているのは避難民も同じあった。ただでさえストレスがかかる状況下に加え、暑さで心を乱され、トラブルが続発する。この瞬間も、新たなトラブルが生まれた。
「ふざけないで!」
カズミが声がする方を見れば、発信源は自分が担当している列であった。溜息を一つ吐き、そちらへ向かう。
トラブルは輸送機のハッチの前で起きていた。声を挙げたのはアメリカ人の中年女性らしく、顔を真っ赤にして肩で息をしている。そのそばでは、日本人の母子が堪えるように俯いている。
「憲兵隊です、どうされました?」
カズミが声をかけるや、中年女性はキッと彼女を睨んだ。
「なんで私が、ジャップの隣に座らなきゃいけないの!」
ヒステリックな叫び声に差別用語。厄介だと思いつつも、カズミは冷静に対応する。
「申し訳ございません。列の順番で輸送機に入って頂いてます。ご容赦ください」
「嫌よ! なんで私が我慢しなきゃいけない訳!?」
「申し訳ありません。ですが、こうして待ってる人がおりますので、ご協力ください」
カズミは手で中年女性の後ろに並ぶ人々を指した。しかし、一度切った堰はそう簡単には止まらない。中年女性の言葉は続く。
「嫌だって言ってるでしょ! だいたい、日本人のせいでこうなっているのよ! なんで、そんな奴らのために私が我慢しなきゃいけないの!?」
言葉は分からずとも、人間というのは悪意は感じ取れるものだ。列に並ぶ日本人の顔が段々と曇っていく。
「少なくとも私は酷い目にあった。夫を亡くしたのよ、遺体も回収出来てないのよ! そんな私が、なんで我慢しなきゃならないのよ!」
確かに彼女は酷い目に遭った。だからといって、免罪符が与えられた訳ではない。
今この瞬間の彼女は、避難を手前勝手な理由で妨害する迷惑野郎でしかないのだ。
このまま好き勝手口を使わすのは危険だ。実力行使に出るしかないと判断し、顔を引き締めるカズミ。
しかし、彼女が実力行使に出ることはなかった。一人の高級軍人が彼女らのところへやってきたからだ。
「マダム。そんなに日本人の隣が嫌なら、次の便に乗ればいい」
カズミは寄ってきた軍人を見た。五十がらみのイタリア系で、階級章は大佐のもの。上等兵と下から数えた方が早い階級のカズミからすれば、天の上の人間だ。
名札には――トラウトマンとあった。
亡くなったという夫が軍人であったのか、中年女性は大佐の階級章の前に明らかな狼狽を見せている。
「残念だがマダム、今は個人の主義主張を尊重出来る状況ではないのだ」
トラウトマンの顔は険しい。
「早く逃げたいか、プライドを取るか。ご自身の自由だ。もっとも、差別主義者で気に食わないとがなりたてるご婦人の隣など、私なら御免こうむりたいですがね」
目上の人間に食ってかかる度胸は無いようで、中年女性は黙り込んでしまう。
呆れの溜息をついたトラウトマンはカズミへ視線を向けた。
「君、日本語は分かるかね?」
「は、はい!」
「じゃあ、そこの日本人の親子に『お先にどうぞ』としてあげてくれ。それから、二・三人乗せてから、そこのマダムを乗せなさい」
「……分かりました」
それでは、中年女性の文句を受けることになってしまうとカズミが思っていると、トラウトマンは咳払いをした。
「勘違いしないでほしいが、これはそこのマダムのためではなく、日本人の親子のためだ。それに、これだけ騒いだ末のこの醜態じゃあ、席が変わろうがマダムも輸送機を降りるまで針のムシロさ。十分に罰となる」
「ああ……」
大佐というのはそこまで考えるものかと、カズミは素直に感嘆した。
「それじゃあ、頼んだよ」
去ろうとしたトラウトマンだが、二・三歩進んだところで足を止める。
「すまないが、君」
「はい」
トラウトマンはカズミの名札を一瞥した。
「……レイ上等兵。テキサスから麻薬汚染の捜査のために派遣されてきた、グッドスピード軍曹を知らないかね?」
「ジェイスさんですか?」
「知っているのか。なら、話が早い。彼が何処にいるか分かるかい?」
「憲兵隊オフィスのそばにある会議室にいるはずです」
「憲兵隊オフィスそばの会議室だね? 分かった、ありがとう」
去っていくトラウトマンとジェイスの関係性に疑問符を浮かべながらも、カズミは列の整理に戻った。
指示通り、俯いていた日本人の親子を先に乗るよう誘導し、念のため四人程挟んでから騒いでいたマダムを乗せる。
騒ぎは後ろに並んでいた人だけでなく、輸送機の中にも聞かれており中年女性へ白い目があちこちから向けられる。居心地が悪そうであったが、自分で蒔いた種なので同情は一切出来ない。
これで反省すればいいが、ああいうタイプはえてして他責思考だ。輸送機を降りて少しすれば、また元通りになるとカズミは踏んだ。
(……人が争いを止められない訳ね)
皮肉なような、悲しいようなそんな気持ちでカズミは心の中で独り言ちた。




